硫黄島:1万人の英霊と向き合う、遺骨収集の真実

硫黄島の地には、今もなお多くの日本兵の遺骨が眠っています。この記事では、北海道新聞記者の酒井聡平氏が、4度にわたる硫黄島上陸取材を通して目の当たりにした現実、そして遺骨収集の現状について深く掘り下げていきます。多くの報道関係者が上陸を許されているにも関わらず、なぜ真実が語られないのか。その謎に迫ります。

報道では見えない硫黄島の真実

毎年、慰霊式典や要人視察の際に、報道関係者の硫黄島上陸は認められています。しかし、それは限られた場所での同行取材に過ぎません。医務科壕や摺鉢山の水平砲台など、お決まりのスポットしか訪れることができず、真の硫黄島の実態は報道されていません。何十年もの間、新聞に掲載される硫黄島の写真は、どこかで見たようなものばかり。まるで硫黄島の全体像がベールに包まれているかのようです。

硫黄島の水平砲台硫黄島の水平砲台

遺骨収集団への参加:不可能を可能にした出会い

私は、科学的に証明されていないことは信じない性分です。しかし、「言霊」だけは信じるようになりました。なぜなら、私が硫黄島遺骨収集団に加われたのは、まさに言葉の力だとしか思えないからです。「硫黄島に行きたい」という強い思いを周囲に語り続けた結果、多くの人々が手を差し伸べてくれました。

酒井氏と栗原氏酒井氏と栗原氏

その中で、先輩記者から「常夏記者」として知られる毎日新聞の栗原俊雄氏を紹介されました。栗原氏は、遺骨収容の第一人者であり、自らも遺骨収集団に参加した経験を持つ人物です。私は栗原氏の著書『遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史』を読み、感銘を受けました。その後、偶然にも栗原氏が出席する集会があることを知り、直接話を聞く機会を得ました。

私は迷わず栗原氏に「どうすれば硫黄島遺骨収集団に参加できますか?」と尋ねました。栗原氏は快く激励し、後日、沖縄料理店で会食する機会を設けてくれました。そこで、様々な助言をいただき、粘り強く関係各所に働きかけることの重要性を学びました。

栗原氏は後に、「硫黄島の遺骨収容が進まないのは、メディアが報じないことが原因であり、国民の関心を高めるために多くの記者に硫黄島行きを呼びかけてきたが、実際に応じたのは酒井氏だけだった」と語っています。厚生労働省の担当者からも、報道関係者の硫黄島上陸が難しい現状を聞かされました。

硫黄島の現実と向き合う

栗原氏の協力と自身の強い意志によって、私はついに硫黄島の遺骨収集団に参加することができました。そこで目にしたのは、想像を絶する光景でした。次回、「「頭がそっくりない遺体が多い島なんだよ」…硫黄島に初上陸して目撃した「首なし兵士」の衝撃」では、硫黄島での遺骨収集の現実について、詳しくお伝えします。