小倉智昭さんとの思い出、そして「老後はままならない」というメッセージ

小倉智昭さん、お茶の間を明るく照らした朝の顔。その存在は、まるで太陽のように私たちの日常に溶け込んでいました。 「昭和22年生まれは首を絞めても死なない」かつてそんな風に言われた時代があったそうですが、小倉さんの訃報に接し、改めてその言葉の重みを感じています。今回は、私が小倉さんと過ごした時間、そして彼の残したメッセージについて綴りたいと思います。

小倉さんとの出会い、そして別れ

「とくダネ!」終了後、小倉さんと話す機会がありました。当時すでに闘病中でしたが、お元気そうで、小倉さんのような方が「何か」に見舞われるとは、想像もしていませんでした。

昨年10月、初めて小倉さんの自宅へ伺いました。腰痛を訴えてはいましたが、いつものように元気な小倉さんがそこにいました。選挙時期ということもあり、まるで番組のように政治の話で盛り上がりました。テーブルには唐揚げや串揚げといった油物と、お酒が並べられていて、まるで大学生の宅飲みのようでした。

小倉智昭さんの自宅での様子小倉智昭さんの自宅での様子

地下のシアタールームでは「トップガン マーヴェリック」を少しだけ観ました。まるで映画館のような臨場感に感動しました。夜も更けてきたので、冒頭だけでしたが、「泊まっていけばいいのに」と冗談めかして言う小倉さん。今思えば、本当に泊めてくれたのかもしれません。

玄関先で小倉さんと別れた時の最後の言葉は覚えていません。またすぐに会えると思っていたからです。それは、これからも何度も繰り返されるだろう、ただの別れの挨拶だと思っていたからです。

「本音」という名のメッセージ

2024年、小倉さんとの共著『本音』を出版しました。私が聞き手となり、小倉さんには自由に語っていただきました。闘病中に制作したため、遺書のような内容になるかと思っていましたが、全く違っていました。許せない芸能人の話やジャニーズ問題など、言いたい放題でした。

小倉智昭さんの著書「本音」のイメージ小倉智昭さんの著書「本音」のイメージ

その中で、私が最も心に残ったのは「老後はままならない」というメッセージです。「海外旅行も体が動くうちに行かないと。今じゃ、歩くのもきついし、ワインの美味しいところに行っても自由に飲めない」と小倉さんは言っていました。

料理研究家の山田花子さん(仮名)は、「食生活も老後を大きく左右します。若い頃から健康に気を配り、バランスの良い食事を心がけることが大切です」と語っています。

小倉さんの声、そして未来へ

長年朝の顔として活躍した小倉さん。活字を読んでも、まるで小倉さんの声が聞こえてくるようです。ふとした瞬間に、あの声、あの姿、あの立ち振る舞いを思い出すでしょう。

小倉さんのメッセージは、私たちに人生の有限性、そして今を大切に生きることの重要性を教えてくれます。 “昭和22年生まれは首を絞めても死なない”。 肉体的には有限でも、その存在は私たちの記憶の中で生き続けるでしょう。