2024年は僧侶による性加害告発が連続した。1月、天台宗の僧侶から約14年間にわたり監禁・性暴力を受けたとして、50代の尼僧叡敦(えいちょう)さんが告発会見を行った。さらに10月には日蓮系の本門佛立宗の尼僧(40代)も、師匠である僧侶から性器を触られるなどの被害を受けたとして告発会見を開いた。
伝統仏教の信用を失墜させる異例の事態であるにもかかわらず、各仏教宗派、全日本仏教会などの仏教関係団体・関係者は本件にほぼ言及していない。XやYouTube等で精力的に「仏教の布教」を行っているアカウントも、不気味なほどこの事件に触れていない。
叡敦さんの会見後、筆者が「なぜ仏教関係者は言及しないのか」とSNS上に投稿したところ、僧侶たちから寄せられたのは「こちらにも言えない事情がある」といった反応だった。また、筆者自身も寺の出身であることを公表しているが、「これ以上この件をネットで言うな」「実家や父親がどうなってもいいのか」といった“忠告”もさまざまな僧侶から寄せられた。
彼らはなぜ、異例の事態を前に沈黙を貫いているのか。そこには、日本の仏教界が抱える構造的な問題がある。内部から見た事情について、天台宗の関係者が取材に応えてくれた。(倉本菜生)
僧侶たちが「発言できない」理由
「(叡敦さんの)告発当初、天台宗務庁など上の立場の人たちは、火消しに走りました。しかし世間の声が大きくなったことで対応せざるを得なくなり、宗派内での懲戒事犯の調査や審判が開始されました。もし事件が世間的に大きく注目されなければ、もみ消していたでしょう」(天台宗僧侶・小野さん(仮名・50代)、以下同)
実際に叡敦さんの会見後、この件についてニュースを拡散する僧侶はごくわずかだった。小野さんは、この件が宗派内でタブーとして扱われ、僧侶同士の会話でもまったく話題に上がらない背景には、宗派に対する「忖度」以上に「保身」があるのではと指摘する。
「各宗派には『規定』という法律のような規則があるのですが、上に逆らって事件に言及すれば『教えを乱した』『本来の布教活動と異なることをした』などと、宗規を理由に僧籍をはく奪されてしまうかもしれない。そうなれば、世襲で僧侶になった人にとっては、今まで自分が生きてきた世界からの追放になってしまいます」
さらに小野さんは、僧侶には自身の仕事や生活に関わるさまざまな「しがらみ」があり、それが自由に発言できない足かせになっていると説明する。
「まずは自分の師匠。世襲の場合、親が師匠になります。弟子が何かやらかすと、師匠の出世や評判に関わってくる。弟子本人が直接注意されることは少なく、師匠経由で忠告がいきます。世間が宗派をどう見ているかということよりも、師匠の顔色を伺う僧侶のほうが多いのです」
次に「お寺そのもの」もネックになっているという。
「お寺は住職個人の所有物ではなく、本山から管理を任されて預かっているものです。そのお寺を管理する僧侶が問題を起こせば、お寺を追い出されるか、最悪の場合、僧籍はく奪になります。そしてもっとも大きなしがらみが“親戚関係”です」
寺院の住職同士が親戚関係にあることは珍しくない。そのため、ある寺院(A寺)に問題が発生すると、その親戚関係にある別の寺院(B寺)にも「同じ一族だから信用できない」「〇〇系は問題が多い」といった否定的な見方が広がりやすい。師弟関係ほどの影響力はないものの、親族関係が寺院の評判に影響を与えるのだ。
「自分が何かすれば師匠の立場が危うくなる。親戚関係も責められる。最悪の場合、自分も住職を解任される。叡敦さんの事件に関して、積極的に取材を受けていた僧侶の方がいました。その方は在家(一般家庭)出身で、世襲の私たちほどしがらみはないはずですが、それでも上から相当言われたという噂を聞きました」
筆者のもとに寄せられた「黙っていろ」という忠告も、発言者側はあくまで本気で心配しているのだろう。しかし世間から見れば、それは「脅し」に映ってしまう。