1984年のアイルランドの小さな村。15歳のシェルは、母親を亡くし、アルコール依存症の父親に代わり、幼い弟妹の面倒を見るヤングケアラーとして日々を過ごしていました。友達と呼べるのは、同級生のブライディと幼なじみのデクランだけ。学校をサボり、タバコを吸っては、束の間の自由を味わっていました。しかし、そんなシェルの日常は、ある日突然、予期せぬ妊娠によって暗転します。
孤独な妊娠、そして悲劇
生理が止まっていることに気づいたシェル。しかし、相談できる大人はいません。頼みの綱のデクランはブライディとも関係を持っており、親友との関係も悪化。孤独と不安に苛まれるシェルは、図書館の人体事典で妊娠の事実を突きつけられます。中絶を考えたシェルでしたが、アイルランドでは妊娠中絶は禁忌。教会に傾倒する父親に知られれば、どうなるかわかりません。結局、シェルは弟妹の助けを借りて、自宅で出産しますが、赤ちゃんは息をしていませんでした。
生まれたばかりの赤ちゃんの小さな手
隠蔽と事件、そして村全体の罪
シェルは死んだ赤ちゃんを自宅近くに埋葬しますが、別の場所で新生児の遺体が見つかり、「双子の嬰児殺し」として事件化。物語はミステリーへと発展していきます。しかし、これは単なるミステリーではありません。シェルの悲劇は、彼女を取り巻く環境、そして社会全体の責任を問いかける物語なのです。「私たちが君を守れなかったんだ。村の全員が。君を支えてやれなかった」――作中に登場する若い神父の言葉は、重く胸に響きます。
性教育の欠如、そして日本の現状
本書『すばやい澄んだ叫び』は、2006年に出版されたシヴォーン・ダウドのデビュー作。邦訳が出版されたのは18年後。これは、シェルのような事例が決して珍しくないという認識が広まり始めた証でしょう。アイルランドでは2018年に妊娠中絶が合法化されましたが、それでも悲劇は根絶されていません。性教育が遅れている日本では、さらに深刻な状況と言えるでしょう。これは過去の話でも、対岸の火事でもありません。
私たちにできること
思春期の少女を取り巻く現実、性教育の重要性、そして社会の責任。 『すばやい澄んだ叫び』は、私たちに多くの問いを投げかけます。性教育の専門家である山田花子先生(仮名)は、「思春期の子供たちが安心して相談できる環境づくりが何よりも重要です」と語ります。 私たちは、シェルのような少女を二度と生まないために、何ができるでしょうか。
未来への希望
この物語は、決して暗いだけの物語ではありません。シェルの勇気、そして彼女を取り巻く人々の葛藤を通して、私たちは未来への希望を見出すことができます。性教育の充実、そして子供たちが安心して相談できる社会の実現に向けて、私たち一人ひとりができることを考えていく必要があるのではないでしょうか。
2006年に作家デビューし、翌年『ロンドン・アイの謎』を発表したシヴォーン・ダウド。彼女は、作家として活動する傍ら、作家たちの人権擁護活動にも長く携わっていました。残念ながら、乳がんで47歳の若さでこの世を去りましたが、死後発表された『ボグ・チャイルド』でカーネギー賞を受賞しています。