高齢者施設で芽生えた恋:83歳男性の純愛と施設の葛藤

人生の終焉を迎える場所と思われがちな高齢者施設。しかし、そこでも人生は続いており、人との繋がり、温もりを求める気持ちは変わらない。今回は、10年間高齢者施設で職員として働いていた川島徹氏の著書『家族は知らない真夜中の老人ホーム』から、認知症の入居者同士の恋愛と、それを阻止しようとする施設との間で揺れる職員の葛藤を描いたエピソードをご紹介いたします。

83歳男性の恋の始まり

「森山さんとサヨさんを、二人きりにしてはいけません」

施設長の吉永清美さんから、そう指示を受けた。森山栄二さん、83歳。かつて福岡で小さな運送会社を経営していた、小柄だが骨太な体格の男性だ。緑内障の目薬を差す際に見える剥き出しの眼球は少し不気味だったが、気さくで下町の社長といった雰囲気の方だった。

森山さんが恋をしたのは、丸ぽちゃとした体型の、認知症を患う福田サヨさんだった。施設長の言葉に何かあったと察し、「どうしたのですか?」と尋ねると、「サヨさんにいたずらをするんです」との答えが返ってきた。

森山さんとサヨさんのような高齢者同士の恋愛は、時に周囲を戸惑わせることもある森山さんとサヨさんのような高齢者同士の恋愛は、時に周囲を戸惑わせることもある

福田サヨさんの状態

サヨさんは自分が誰なのか、どこに居るのかも分からない重度の認知症だった。付き添いがあれば歩行は可能だったが、どんな時でもニコニコとした表情を浮かべているだけで、尿意があってもトイレと伝えることができなかった。

施設長の懸念と職員の葛藤

食事の際、テーブルを挟んで向かい合わせに座る二人。森山さんはサヨさんを見つめ、「うん、かわいいよ」と呟くことがあった。しかし、サヨさんは森山さんの言葉の意味を理解している様子はなかった。

施設長は、森山さんの行動がサヨさんにとって負担になるのではないかと懸念していた。職員である私は、二人の純粋な想いを尊重したい気持ちと、施設長の指示に従わなければならない板挟みとなり、葛藤を抱えていた。

イレズミ男・上村さんとの関係

実は、森山さんが入居する以前、施設には上村辰夫さんというイレズミの入った男性が一人暮らしをしていた。新しい男性入居者の受け入れは、トラブルの発生も懸念された。男女間の衝突は感情的なものが多いが、男性同士の衝突は時に暴力沙汰に発展することもあるからだ。しかし、施設長はあえて二人を隣同士の席に配置した。

高齢者施設では、入居者同士の人間関係も重要な要素となる高齢者施設では、入居者同士の人間関係も重要な要素となる

驚いたことに、二人の関係は良好で、朝夕の挨拶も欠かさず行っていた。施設長の狙いは見事に的中したのだ。高齢者施設における人間関係構築の難しさと、ベテラン施設長の経験に基づいた適切な対応に感銘を受けた出来事だった。

高齢者の恋愛と尊厳

高齢者であっても、人を好きになる気持ち、温もりを求める気持ちは変わらない。認知症であっても、心は生きている。高齢者施設での恋愛は、時に周囲の理解を得られないこともあるだろう。しかし、彼らの尊厳を守り、人生の喜びを尊重することは、私たち職員の大切な役割ではないだろうか。

この物語は、高齢者施設で働く職員の葛藤を通して、高齢者の恋愛、尊厳、そして人生の意味を問いかける。読者の皆様も、この機会に高齢者福祉について考えてみてはいかがでしょうか。