石破茂総理は、「コメは買ったことがない」などと失言した江藤拓農林水産大臣を事実上更迭し、後任として小泉進次郎元環境大臣を起用した。
政治ジャーナリストの青山和弘氏は「これは石破総理の参院選にむけた最後の賭け。最大のリベンジ」と分析する。
進次郎氏といえば、政治的手腕を問う声もあるなかで、とにかく国民的人気は抜群。そんな進次郎氏の農水大臣就任に農家からも喜びの声が。「素直に嬉しく思っている。震災で苦しんでいるなか、現場に何度も足を運んでくれたのは小泉さんだけ」(福島県コメ農家加藤絵美さん)
そもそも、石破総理と小泉大臣は岸田総理が誕生した自民総裁選(2021年)で「小石河連合」を組み共闘した仲だが前回(2024年)は激突。石破内閣とは距離を置いた進次郎氏だが農水大臣への起用を受諾した。
その裏で、いったい何があったのか。青山氏は江藤騒動が起こる前々日、進次郎氏を偶然取材。その際に「これからの政治は、一定の団体に向けてやっていてはダメだ。もっとSNSなどを使い国民一人一人、個人に向け政治を行なっていく時代に来ている。国民民主党の人気を見ても玉木代表は、実にうまくやっている」と発言。加えて「今のコメ問題もそう。団体に忖度した政策を続けても解決などしない」と語っていたという。
青山氏はその内容を石破総理に伝えた。その2日後、江藤氏は石破総理に辞表を提出・受理され、事実上の更迭となった。「本来なら農水族の中から選ぶこともできたはず」(青山氏)
江藤前大臣はバリバリの農水族議員。石破総理を支える森山幹事長は農林族議員の重鎮。本来なら「農水族」から起用すべきだが石破総理はそうはしなかった。いったいなぜか。
「進次郎氏は石破総理と同じく農政改革派。今こそ積年のリベンジを果たす時と思い切った人事を決断した。まさに石破総理、最大の復讐劇のはじまりだ」(青山氏)
進次郎氏は就任会見で「この局面で大事なことは組織・団体に忖度しない判断をすること」と発言。この忖度しない組織・団体とは「農協」を指している。
今から9年前、第2次安倍内閣のもと成長戦略の一つとして掲げられたのが「農政改革」。その改革を任されたのが、当時、農林部会長に就任した進次郎氏だった。
「私は農林部会長になって農協の皆さんと向き合うなかで、今でもわからない根本的な疑問がある。なぜ農協よりもホームセンターの方が安いものがあるという現状が生まれているのか。1円でも安く、必要なものをどこからでも自由に買えることができて、経営感覚を持って自由な経営が展開できる。まさにそれこそやらなければいけない構造改革だ」(2016年 進次郎氏)
しかしこの構造改革も農水族、農水省の猛反発で中途半端な形で終わった。進次郎氏にとって農政の構造改革はまさに9年越しの悲願だ。農水大臣就任でさっそく動いた。
「具体的な新たな取り組みをしなければならない。今までの入札方法を根本的に変え、随意契約という形で」(5月21日 就任会見・進次郎氏)
これまで放出された備蓄米は流通業者、つまり農協がそのほとんどを入札で買い占めていた。入札では高い値段を提示した業者が落札するため小売価格が下がらない。それに対し「随意契約」とは政府が業者を指定し、政府が提示した価格で契約する方法。これにより備蓄米は農協を通さず市場には行き渡る公算となる。
「任命の際に石破総理からは、随意契約で備蓄米の売り渡しを検討するよう指示があった」(5月21日 就任会見・進次郎氏)
これについて青山氏は「とにかく今のコメの値段を下げる。農政構造改革が持論の石破総理はこれだけは本気と言っても過言ではない」との見方を示した。
2008年、麻生内閣で石破氏は農林水産大臣に就任。コメの生産を減らして価格を調整する「減反政策」に反対し、コメ増産を訴え、農政改革を進めようとした。
しかし、この時も「コメ保守派」からの抵抗にあい、頓挫した。減反政策をやめてコメを増産する石破流農政改革は何だったのか。
元農林水産省官僚で食料農業問題に詳しい山下一仁氏はこう評価する。「至極真っ当。減反というのは毎年3,500億円の財政負担で農家に補助金を与え、コメの生産を減らして、米価を市場で決まる価格よりも高くする政策。それをずっと続けてきた。コメの配給量を1億2,400万人に賄おうとすれば、コメの供給量は1,600万トン必要。ところが、今は減反でコメの生産量を650万トンに減らしている。備蓄も合わせても800万トンしかない。もしシーレーンが破壊されて、食料を輸入できなくなる時に、日本国民は半年以内に全員餓死する。それが減反政策。農林水産省は食料安全保障という目標を掲げながら、真逆のことをやっている」。
さらに財政面でも構造改革した場合の方が恩恵があるという。「今、毎年20万トンずつコメを備蓄するために500億円かけている。減反の3,500億円の補助金プラス500億円の備蓄米。だが減反をやめるとなると、3,500億円が浮く。輸出をする。それが無償の備蓄になる。そして500億円が浮く。トータルして4,000億円が国民の負担を軽減される。それで影響を受ける人はいる」。
山下氏の試算によれば、コメが安くなることで経営が苦しくなる小規模農家に対する補助金は1500億円程度。その原資は浮いた4000億円を使うことで消費者にとっては価格が下がり、主要農家にもメリットがあるという。
「主要農家の人達に農地が集積して、その人たちの規模が拡大してコストが下がる。収益が上がるので兼業農家の人たちに払う地代も増える。みんなハッピーになる。それが石破さんが言ってること。ところが、農協というのは全く逆の組織原理。農林省が構造改革的な政策をやろうとすると、必ずJAが妨害する。
ところが、ある時から農水省のなかにもちょっと不埒な連中が出てきた。農協構造改革というのは、農家戸数を減らすということ。農家戸数を減らすと農業票が少なくなり、自民党の農林族の政治力も小さくなってしまう。そうすると自民党の農林族の政治力を使って財務省に予算を要求できなくなる。農水省の予算が少なくなるということは、それを使って天下りが難しくなる。そういう人たちが農水省のなかにも増えて、農政トライアングルという形を作った」(山下氏)
その「農政トライアングル」に石破総理は進次郎議員を農水大臣に起用し「今しかない」と挑むことに舵を切った
国会で国民民主党の玉木雄一郎代表から「5キロ3000円台に下がらなければ、総理として責任取りますか?」との質問があがると石破総理は「責任を取っていかなければならない」と、コメの値段を下げることに責任を取ると公言。
コメ農家の加藤さんは「5キロ3000円から3500円ぐらいのバランスでやっていただくと嬉しい」と語る。そんな農家の声がある一方で進次郎氏は「早ければ6月頭には棚に2000円台の今回の備蓄米が並ぶ姿を実現できる可能性が出てきた」と発言。
これを受けて青山氏は「農林族の重鎮・森山幹事長は、コメの値段を3000円台に下げることには賛成だが、制度そのものを変えることには断固阻止の立場」とコメント。
党内基盤のない石破総理を支える森山幹事長の意に反して、石破総理と小泉大臣は農政改革を推し進められるのか。
進次郎氏の父、純一郎元総理は郵政民営化で反対する議員を「抵抗勢力」と呼び、自民候補にもかかわらず対抗馬を投入し潰しにかかった。
石破総理・小泉農水大臣の恩讐の農政改革コンビVS森山幹事長率いる「農政改革絶対阻止」農水族軍団。森山幹事長は周辺にこう漏らしているという。「進次郎に変なことはさせませんから」(青山氏の取材より)
「小泉氏と森山氏は、決して敵対し合っているわけじゃない。この前の衆議院選挙も、幹事長の森山氏と選対委員長の小泉氏で一緒にやっている。農政に関して考え方が違うが、実は小泉氏に『農水大臣になってくれ』と最初に電話連絡したのは森山氏だ。森山氏は、『俺が変なことはさせない』その自信を持っている。ただ、本当に小泉氏や石破総理がやろうとしている改革をやったら絶対にぶつかるだろう」(青山氏)
(『ABEMA的ニュースショー』より)
ABEMA TIMES編集部