一人暮らしの高齢者を狙った不動産の「押し買い」や、賃貸借契約を結ばせる「リースバック」をめぐるトラブルが後を絶たず、その事例が増加傾向にあります。自宅が不当に安い価格で売却され、その後結ばされるリースバック契約によって「終の棲家」を失うケースも発生しており、専門家は安易な契約に警鐘を鳴らしています。高齢者が契約上の「売り手」となる場合、既存の法律では十分な保護が得られにくい側面があるため、注意が必要です。
一人暮らしの高齢者の持ち家やマンションが不当に安い価格で「押し買い」され、賃貸借の「リースバック」契約を結ばせてトラブルとなる事例が増えています。自宅に突然やってきた営業マンが半日にわたって居座って強引に契約したり、数年に限った賃貸借契約を結んで「終の棲家」を失ったりするケースも起きています。契約上は「売り手」である高齢者を保護する法律上の仕組みは少なく、専門家らは安易に契約をしないように呼びかけています。
高齢者を狙った不動産リースバック契約トラブルのイメージ
高齢女性を襲った悪質な手口の実例
昨年8月、東京・新宿区に一人で住む80代の女性のマンションに、不動産会社の営業マンを名乗る男性2人組が突然訪問しました。彼らが持ちかけたのは、所有マンションを売却し、家賃を払って住み続けるリースバック契約でした。女性は断りましたが、男性らは居座り続け、一人は約8時間にもわたって室内に留まりました。女性は最終的に押し切られる形で、マンションの売却とリースバックの契約を交わしてしまいました。
約1ヶ月後、契約を知ったマンションの管理人が不審に思い、地域包括支援センターを通じて、女性の甥に連絡が入りました。契約内容を確認したところ、それは女性にとって極めて不利な条件でした。マンションの売却価格は約1000万円と、周辺相場の半額以下。リースバック契約による家賃は月9万円で、単純計算では売却資金が10年程度で尽きてしまう計算になります。
女性は、伴侶も子どももおらず一人で暮らしており、甥やマンションの住人との交流も少ない状況でした。営業マンの説明に対しても、「このマンションにも同じような契約をしている人がいるのだろう」と特に疑問に思わなかったと話します。「人を悪くは思いたくないのですが、でも、なんでこんなことになっちゃったんだろうという気持ちです……。人生ってわからないものですね。ちょうど身内に不幸があり、少し寂しくなったところだったんです」と、うつむき加減で語りました。女性は今後、弁護士に依頼して業者との交渉を進め、必要であれば契約の無効を訴える訴訟を起こす予定です。契約を結んだ都内の不動産会社は、AERA編集部の取材に対し、「そちらの方のお話は控えさせていただいて、取材もお断りしています」と回答を拒否しています。
国民生活センター等に寄せられる相談件数の推移
自宅を不当な安値で買い叩く「押し買い」、そしてその後のリースバック契約をめぐる被害は、データで見ても拡大傾向にあります。国民生活センターに寄せられた不動産の売却に関する相談件数は、2022年の679件から23年には773件、そして昨年(2024年と推定)には862件へと増加しています。このうち約3割は東京都内での相談でした。
東京都消費生活相談センターのデータによると、自宅を安く買い叩かれた「押し買い」の相談とともに、リースバック契約に関する件数も顕著に増えています。2019年には「押し買い」相談186件のうち31件がリースバック契約に関連していましたが、昨年(2024年と推定)は254件のうち57件を占めるまでになりました。都内でリースバック契約をめぐる相談が多いのは、港区、品川区、世田谷区、目黒区といった地域にある築30~40年のマンションに集中しています。これらの地域はいずれも地価が上昇傾向にあり、築年数が経過した物件であっても転売によって利益を見込めるため、悪質業者のターゲットになりやすいと考えられます。
被害に遭わないために:高齢者が狙われる背景と対策
なぜ、このような悪質な不動産取引が高齢者を狙って多発するのでしょうか。背景には、一人暮らしによる孤立や、不動産取引や複雑な契約内容に関する知識不足、そして長時間にわたる強引な営業攻勢に弱いといった高齢者特有の脆弱性があります。特に、資産である自宅は所有していても、日々の生活費に不安を感じる高齢者にとって、リースバックは「自宅に住み続けながらまとまった現金が得られる」という魅力的な選択肢に見えてしまいがちです。しかし、提示された条件が相場と比較して著しく不利であったり、家賃設定が高額であったり、将来的に住み続けられなくなるリスクがあったりと、多くの落とし穴が存在します。
このような被害を防ぐためには、まず「突然の訪問販売で安易に契約しない」ことが極めて重要です。不動産の売却やリースバックを検討する場合は、必ず複数の信頼できる不動産会社から査定や条件提示を受け、比較検討することが不可欠です。また、契約内容を自分一人で判断せず、家族や信頼できる親族に相談する、あるいは地域の消費生活センターや弁護士といった専門家からアドバイスを受けることが強く推奨されます。特に高齢者の場合、判断能力が低下している可能性も考慮し、第三者の視点を入れることが身を守る上で非常に有効です。
まとめ
高齢者を狙った不動産の「押し買い」や、自宅を失うリスクのある不当なリースバック契約をめぐるトラブルが全国的、特に東京都内で急増しています。相場より著しく低い価格での売却や、高額な家賃設定といった高齢者にとって不利な条件での契約が、強引な勧誘によって結ばされてしまう実態が明らかになっています。高齢者がこうした悪質取引のターゲットとなる背景には、孤立や知識不足、営業攻勢への弱さがあります。自宅は大切な資産であり、生活の基盤です。突然の訪問販売には応じず、不動産取引を検討する際は必ず複数の意見を聞き、家族や専門家(消費生活センター、弁護士など)に相談するなど、慎重に対応することが、高齢者自身と大切な財産を守るために不可欠です。
参考資料
https://news.yahoo.co.jp/articles/ada931661351df7a240398f722c210567e576586