他人になりすまし、英語能力判定試験「TOEIC」の試験会場に侵入したなどとして、中国籍の京都大大学院生、王立坤容疑者(27)が逮捕された事件は、日本の試験制度の脆弱性を突いた悪質な犯行グループの存在を示唆しています。5月18日、私服警察官が警戒する中、王容疑者は東京都板橋区の試験会場に姿を現しました。マスクで顔を隠した王容疑者は、受付で「受験票を忘れた」と申し出ました。
日本の大学入試や各種資格試験では、受験票を忘れた場合でも、厳格な本人確認を経た上で「仮受験票」が発行されるケースが多くあります。これは、不正のリスクよりも受験機会を奪わないことを優先する「性善説」に基づいた運用と言えます。しかし、今回逮捕された中国籍の王容疑者を含む犯行グループは、この制度を組織的に悪用した疑いが持たれています。彼らは、英語が堪能な人物をなりすまし受験者として会場に潜り込ませ、同じ教室で受験する他のメンバーに解答を教える手口を用いていたとみられています。
犯行グループは、TOEICの会場が郵便番号で割り振られるシステムを利用し、解答を教えてもらう仲間全員が同じ住所を申告することで、意図的に同一会場での受験となるよう画策していました。この手口で同一住所を届け出ていたのは、王容疑者を含め、計43人に上るとされています。これは、単なる個人的な不正ではなく、大規模な組織的犯行の一端を示唆しています。
不正の疑惑が浮上したのは5月、TOEICの運営側から警視庁野方署に「同じ顔写真で別の名前の受験者がいる」との情報提供があったことがきっかけでした。事前の想定通り、会場で仮受験票の発行を求めた王容疑者は、待ち構えていた警察官らによって取り押さえられました。王容疑者が着用していたマスクには、仲間に解答を伝えるために使用したとみられる小型マイクが仕込まれていました。王容疑者は、いわゆる「闇バイト」に応募した可能性があり、中国語を話す人物から指示を受けていたと供述しているとのことです。
今回の事件で浮かび上がったのは、監視や本人確認が比較的緩やかとされる日本が、海外からの「学歴」や資格取得を目的とした不正ビジネスの標的になっているという実態です。王容疑者は、今年3月にも都内の別の会場でTOEICを受験しており、その際にも同じ住所で申し込んでいたのは10人だったといいます。これは、今回の事件が初めてではなく、以前から同様の不正が行われていた可能性を示唆しています。TOEICは日本国内での知名度が非常に高く、日本の大学への進学や企業への就職活動において有用とされており、大学院入試で英語科目の免除に利用できる学校もあるため、不正グループにとって格好のターゲットとなったと考えられます。
この事件は、日本の入試・資格試験における本人確認システムのあり方や、国際的な不正行為への対策について、改めて検討する必要があることを提起しています。性善説に基づいた制度は信頼関係の上に成り立ちますが、それを悪用しようとする勢力に対しては、より厳格な対策が求められています。