食管法廃止から約30年が経過し、日本の米価を取り巻く状況は大きく変化しています。最近、安価な政府備蓄米に関する報道が連日のようにメディアを賑わせています。約38万トンの備蓄米は、国内総消費量のわずか20日分に過ぎず、この「劇場型」とも言える報道の熱は長くは続かないでしょう。しかし、この一見短期的なコメ騒動の裏には、日本の食料安全保障を揺るがしかねない、より深刻な問題が隠されている可能性があります。ポピュリスト的な動きは、意図的に価格問題に世論の関心を集め、その先の構造的な課題や、例えば輸入米拡大といった政策の真意から目を逸らさせようとしているのかもしれません。これは単なる米価の問題ではなく、日本の食料供給体制そのものに関わる重大な局面です。
コンビニ(ファミリーマート)で政府備蓄米を視察する小泉進次郎農水相
コメ市場、肉の道をたどるのか
近くのスーパーの「肉」売り場を見ると、米国産、豪州産、ブラジル産、カナダ産など、外国産が圧倒的に多く、国産が隅に追いやられている現状が見て取れます。同様に、そう遠くない将来、米の陳列棚にも変化が訪れるでしょう。おそらく、(1)外国産米、(2)ブレンド米(外国産米と安価な国産米の混合)、そして(3)高級ブランド国産米という3種類の米が並ぶようになるはずです。多くの消費者は、家計を考えると(1)か(2)を選ぶことになり、(3)は特別な日の贅沢品となるでしょう。輸出力が大幅に伸びなければ、国産米市場は縮小の一途をたどるほかありません。5キロ当たり1705円の関税を課してもなお、外国産米は国産米より安価なため、その流入は止まりません。もし日米間の関税交渉でさらに農産物の門戸を開放することになれば、この流れは加速するでしょう。もし有効な対策を講じなければ、コメも肉と同様の道をたどる可能性が高いと言えます。市場原理に任せれば、このような結果になることは避けられません。
供給側の課題:農家の衰退と再編
供給側から見ると、コメを取り巻く状況も楽観できません。例えば畜産分野、特に牛肉では、今や大手流通業者による系列化が進み、多くの中小畜産事業者が廃業に追い込まれています。コメ農業も、これから同様の道をたどる可能性が高いと考えられます。時間の経過とともに、コメの生産から流通までの再編(垂直統合)が進行し、経営規模の小さいコメ農家ほど、生産した米を安く買い叩かれるようになるでしょう。これに嫌気がさし、コメ作りをやめる農家が増えることは避けられません。それに加えて、稲作経営主の全国平均年齢が69.8歳(2022年時点)と高齢化が深刻なため、草刈りや水管理といった日常的な作業を担う人もいなくなっていくでしょう。また、効率が悪く大規模化やスマート農業導入が難しい中山間地域の農地は、「負動産」と化し、手放す農家がさらに加速していくことが懸念されます。
令和版「囲い込み」:不可解な農地買収
昨秋以降、全国各地で、普段コメの買い付けでは見かけないような異業種の業者が、農家の庭先で現金を支払い、直接コメを集荷していくという現象が頻繁に報告されています。これは筆者の地元である播州だけでなく、北関東をはじめ各地で聞かれる動きで、農業界では大きな話題となっています。資金の出どころは不明ですが、農家にとっては高く売れるため応じてしまうケースが多いようです。しかし、集荷された米が適切な場所に保管されているかについては懸念が残ります。ずさんな管理ではカビや虫の混入により品質が著しく損なわれる危険性があるからです。この買い占めの動きは、コメそのものだけでなく、その生産基盤である農地にも及んでいます。数年前から見られる全国的な傾向ですが、過疎化が進む上流部の限界集落や半島部の農地までが買収の対象となっています。こうした現象は、北海道や青森だけでなく、近畿、中国、九州各地など、日本全国に広がっています。農地の取得は農地法によって制限されていますが、多くの場合、日本法人がフロント役となって買収を進めています。形式上は整った株式会社や合同会社が登場しますが、これらの法人が発電事業や農業を行うことはなく、単に農地や山林を保有し続けているケースが散見されます。実際、登記簿が不動産会社や開発会社名義に変更されている土地もありますが、異業種の買収者が地上げ後も登記簿をそのままにしている事例も少なくありません。特に再エネバブルが続いた近年、こうした不可解な買収は本土だけでなく、長崎県の福江島のような国境離島でも起こっています。「なぜ資金力があるとは思えない小さな日本法人が、これほど多くの農地を次々と買い、そのまま放置しておけるのだろうか?」という素朴な疑問が湧きます。資金の出所が不透明なこれらの買収は、まさに令和版の「囲い込み」(enclosure)と呼ぶべき現象です。中には「金の出所は中国の上海電力だ」と指摘する声も聞かれます。
現在注目されている政府備蓄米を巡る騒動は、日本のコメ問題のほんの一面に過ぎません。より重要なのは、構造的な市場変化による国産米生産の衰退、輸入米への依存度増加、そして不可解な農地買収といった、食料安全保障の根幹に関わる長期的な課題です。もしこれらの問題に対して有効な対策が講じられなければ、日本の主食であるコメが、将来的に外国産に大きく依存する状況になり、食料供給の安定性が損なわれる可能性は否定できません。単なる価格論に終始するのではなく、日本の農業、特に稲作の持続可能性をどう確保し、将来にわたって国民が必要とする食料を国内で生産できる体制を維持するのか、真剣な議論と対策が求められています。
参照元:https://news.yahoo.co.jp/articles/7370e4018f19f25e97e8d728b672392717157883