青森県や岩手県の三陸沿岸沖合に設置された定置網で、大量のクロマグロが入り込み網を破壊する被害が多発している。資源管理のため定められた国際的な漁獲枠を超過した場合、高価なクロマグロであっても放流せざるを得ず、漁業関係者からは「魚の王様が1円にもならない」と嘆きの声が上がっている。この問題は、定置網漁を営む多くの漁師にとって深刻な影響を与えている。
100キロ級マグロ70匹が定置網に…「漁師生活40年で初めて」
八戸市南浜漁協所属の第21清和丸船主、石井清一さん(61)は、沖合約1.8キロの定置網に連日入り込むクロマグロの放流作業に追われている。5月16日には約70匹、22日には約50匹と大量で、サイズはほとんどが100キロ級だという。マグロの重みと暴れる力で定置網は至る所に穴が開き、被害額は少なくとも100万円以上に上る。さらに、八戸の春の味覚であるサクラマスやトキシラズ(サケ)は、マグロを警戒して寄り付かなくなった。「もうマグロの枠がないから、仕方なく放流している。被害が出ても行政は動かない」と石井さんは苦渋の表情を見せる。
青森県八戸沖の定置網に入り込み、激しく暴れるクロマグロ。網破損の原因となる。
厳しい漁獲枠、「魚の王様」が埋める僅か0.57トン
太平洋クロマグロの資源管理は2015年に始まった。大型魚(30キロ以上)と小型魚(30キロ未満)に区分され、青森県は本年度当初、水産庁から全国で最も多い大型魚の漁獲枠685.8トンを割り当てられた。この漁獲枠は、県クロマグロ協定管理委員会が県内の各漁協の実績に基づき配分。大間漁協には258.8トンが配分された一方、石井さんが所属する八戸市南浜漁協にはわずか0.57トンしか割り当てられなかった。100キロ級のクロマグロであれば、わずか3匹ほどでこの枠は埋まってしまう計算だ。漁獲量の報告義務を定めた漁業法に違反するため、枠が埋まった後は網に入ったマグロでも水揚げはできない。
全ての網に被害、漁協組合長「無価値になるのは悲しい」
南浜漁協では、全ての定置網4カ所がクロマグロによる被害に見舞われている。深川修一組合長(69)は「せっかく取れたマグロが無価値になるのは悲しい。少しでも生かすため漁獲枠を増やせないだろうか」と現状を訴える。青森県水産振興課によると、クロマグロは4月下旬から増え始め、三沢市漁協や階上漁協の定置網でも同様の被害が確認されている。漁業関係者は、資源管理による個体数の増加に加え、マグロが三陸沿岸にいるイワシの群れを追ってきたことが要因とみている。
岩手でも同様の被害「国際的に理解されないだろう」
岩手県水産振興課も、同県の三陸沿岸で青森県と同様の状況が発生していることを確認している。大型魚の漁獲枠が約2.5トンある大船渡市漁協では、設置している2カ所の定置網両方が被害を受けた。市漁協参事の菊池義和さん(61)は「マグロは逃がす際に必ず暴れるので、網の損傷が激しい。水揚げ金額全体にも影響が出る」と被害の深刻さを語る。菊池さんは増枠を望む一方で、「国際的に理解されないだろう」と、国際的な資源管理の枠組みの中での限界も示唆している。
このように、資源回復が進むクロマグロが定置網に大量に入網することは、漁獲枠による水揚げ制限がある中で、網の破損という深刻な漁業被害をもたらしている。貴重な魚が「無価値」となり、漁師の経営を圧迫する現状は、国際的な資源管理と地域漁業の実情との間で生じる課題を浮き彫りにしている。
参考文献: 河北新報