砲火にさらされるキーウに3年間在勤した松田邦紀前駐ウクライナ大使が、この度、回想録『ウクライナ戦争と外交』(時事通信社)を出版しました。本書の出版を機にインタビューに応じた前大使は、緊迫した戦時下のウクライナでの経験、そして日本の外交官として直面した困難と使命について語りました。この記事では、前大使が明かしたウクライナ国民の覚悟、戦争の現状と今後の見通し、そして日本が果たすべき役割に関する重要な洞察を詳しく掘り下げます。このインタビューは、世界的な政治社会情勢、特にウクライナ戦争とそれに対する日本の立場に関心を持つ読者にとって、非常に価値のある情報を提供します。
戦時下の困難と外交の挑戦
ウクライナ戦争という未曽有の状況下での任務遂行において、何が最も困難だったかという問いに対し、松田前大使はまず大使館員や現地スタッフ、東京の同僚との連携の重要性を挙げました。厳しい戦時下でキーウに残り任務を継続する中で、良好な連携体制を構築できたことは大きな成果だったと述べています。さらに、主要7カ国(G7)の間で戦争に対する認識に違いがある中で、特に議長国であった2023年に各国の団結を図るのが非常に大変だったと振り返りました。前大使は「今日のウクライナは明日の東アジア」という強い思いを持って議論をリードし、日本が国際社会の中で積極的に貢献している姿勢を各国に理解してもらえたと感じています。
忘れられない出来事としては、2023年のG7広島サミット議長であった岸田文雄前首相(当時)のキーウ訪問を挙げました。1月にウクライナ大統領府長官から内密の招請があった際、安全上の配慮から極秘に準備を進める必要があり、日程調整、警備体制の構築、そして特別列車の手配まで、すべて大使自身が一人で担当せざるを得なかったという秘話を明かしました。3月21日にキーウ中央駅で首相を出迎えた際には、「大使、まことにご苦労様です」と労いの言葉をかけられたことが深く記憶に残っているといいます。特別列車が出発したポーランド側のプシェミシェル駅では、日本のテレビ局2社が事前にカメラをセットし撮影していたとの報告を受けたエピソードも披露しました。
ウクライナ国民の覚悟と戦争の現実
最近出版された著作『ウクライナ戦争と外交』の前半には、ロシア侵攻が始まった直後の状況が生々しく描かれており、その緊迫感が伝わってきます。前大使は、キーウに赴任した時から戦争が近いと判断し、詳細な記録を残すことを自らの使命と考えていたと述べています。戦時下で誰と会ってどんな話をしたのか、毎晩就寝前に備忘録や業務日誌をつけていたといいます。
ウクライナの軍と民が健闘していることについて、プーチン大統領が当初2、3日で片が付くと考えていたとも伝えられる状況を踏まえ、前大使は多くのウクライナ国民がここで立ち上がって戦わなければ自らの存亡の危機になると理解し、強く団結したことを強調しました。キーウを一時離れポーランドで臨時に執務した際、経由したモルドバの国境で多くのウクライナ人家族が国外に退避している光景を目にしたといいます。特に印象的だったのは、男性のほとんどが妻子を車で国境まで送り届けた後、抱擁して別れを告げ、一人で国内に戻っていった姿です。戦うのか、一人で留守を守るのか、彼らの意志の強さを感じさせられ、感動的だったと述べています。侵攻が始まった日の朝、キーウ市内ではバスが通常通り運行され、顔見知りの女性がいつもと変わらぬ様子で犬を散歩させていた光景にも触れ、国民が平静を保っていたことを指摘しました。
ウクライナ戦争と外交について語る松田邦紀前駐ウクライナ大使
ロシア、ウクライナ両国には、現時点なお戦争継続能力があるとして、停戦や和平交渉の開始までには、さらに時間がかかるという見通しを示しました。そして、ウクライナ国民が望まない和平を外部から押し付けることは絶対に許されないと改めて強調しています。
ドローンの技術が短期間で急速に向上し、それが現代戦争における主要な武器の一つとなり、戦闘の様相が大きく変化したことを指摘しました。前大使は、戦争が終結した後には、このドローン技術が平和維持活動や復興支援に有用である可能性にも言及しています。
アメリカのウクライナ支援については、大統領のロシア寄りの言動が懸念される中でも、米議会や欧州各国の強い後押しがあるため、従来通り継続されることへの期待感を滲ませました。
侵略によって戦後の国際秩序に挑戦したロシア指導部や兵士による戦争犯罪については、国際法廷で厳しく裁かれるべきであると主張しました。日本は、この問題に対し、秋に主催する地雷除去に関する国際会議への協力や、将来的な停戦後の監視団派遣などを通じて貢献できると提言しています。さらに、今回の侵略のような事態が二度と起こらないよう、将来の侵略防止のために、国連安全保障理事会の改革に改めて取り組むべきであるという重要な提言も行いました。
結論:ウクライナからの教訓と日本の役割
松田前駐ウクライナ大使の回想録とインタビューからは、ウクライナ戦争の苛酷な現実、ウクライナ国民の不屈の精神、そして外交官として直面した様々な課題が鮮明に浮かび上がります。前大使が強調するウクライナ国民の覚悟、戦争終結への道のりの不確実性、そして国際法廷での戦争犯罪追及の必要性は、私たちに多くのことを教えてくれます。
特に、「今日のウクライナは明日の東アジア」という言葉は、日本がこの戦争を対岸の火事として捉えるべきではないという強いメッセージです。前大使が提案する地雷除去支援、監視団派遣、そして国連安保理改革への取り組みは、日本が国際社会の平和と安定に積極的に貢献するための具体的な道筋を示しています。ウクライナでの経験を通じて得られたこれらの貴重な洞察は、今後の日本の外交戦略や安全保障政策を考える上で、不可欠な示唆を与えてくれるでしょう。
参考資料: