侍ジャパンを優勝に導いた栗山英樹氏が王貞治氏から学んだ「勝者の哲学」

2023年、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で歴史的な優勝を果たした野球日本代表「侍ジャパン」。並み居る一流選手たちを束ねた栗山英樹監督は、監督就任に際し、球界のレジェンドである王貞治氏に重要な問いを投げかけたという。臨済宗円覚寺派管長・横田南嶺氏との対談から見えてくる、WBCを制した指揮官の哲学、そして人生における大切な視点とは。

栗山氏はWBCで、初代日本代表監督を務めた王貞治氏と同じ背番号「89」をつけた。これまでの代表監督はそれぞれ異なる番号をつけていたが、栗山氏にとって神様のような存在である王氏への敬意、そして「野球」を連想させるこの番号をぜひ使いたいと考えたのだ。「野球」の「89」を背負うことへの強い思いから王氏に連絡を入れたところ、快く承諾を得られたという。

大会に臨む前、栗山氏は約10名のスポーツ界の名将を訪ね、話を聞いて回った。その最後に訪ねたのが、まさに王氏だった。王氏は栗山氏に対し、「思う通りにやりなさい」と励ましの言葉をかけた。その中でも、栗山氏の心に深く響いた王氏の言葉が二つある。

プロ野球界のレジェンド、王貞治氏プロ野球界のレジェンド、王貞治氏

ファンへの責任:卵をぶつけられても怒らなかった理由

一つ目は、王氏がダイエーホークスの監督に就任した初年度に起きた出来事だ。チームの不振が続き、一部のファンが暴徒化し、監督や選手の乗るバスに生卵を投げつける事件が発生した。伝え聞いた話では、王氏はそのファンの行為に対して怒るのではなく、選手たちに「これを見ろ。プロは勝たなきゃいけないんだ」と諭したという。

栗山氏は王氏に直接会い、それが事実かを確認したかった。王氏は首を縦に振り、その時の心境を語った。「文句を言いたくなるほど真剣に応援してくれる人たちがいないと、我々プロ野球は成り立たないんだ。そういう人たちに喜んでもらうために野球をやるんだ。それを忘れちゃいけない」。ファンへの深い感謝とプロとしての責任を説くその言葉は、栗山氏の胸に深く刻まれた。

選手か監督か?王貞治氏が選んだ道

もう一つ、栗山氏が王氏に尋ねたのは、「もしもう一度人生があるとしたら、王選手になりたいか、それとも王監督になりたいか、どちらですか」という問いだった。現役時代に868本ものホームランを放った不世出のホームランバッターである王氏のことだから、栗山氏は当然「選手」と答えると思っていた。しかし、王氏の答えは予想とは違った。「いや、ホームランを打つのもいいけどね、監督はたくさんの選手のためになれるんだよ」。

この二つの言葉は、栗山氏にとってまさに金言となった。プロ野球人として、そして侍ジャパンの監督として、いかに重い責任を背負っているのかを再認識させられ、身が引き締まる思いだったという。

出逢いの重要性:横田南嶺氏の視点

この栗山氏の話を聞いた横田南嶺氏は、まさに「出逢いの妙味」だと感心する。横田氏自身、人生を振り返ると、常に素晴らしい出逢いに恵まれてきたと語る。少年時代の老師方との出逢いから始まり、管長という立場になってからも、致知出版社との縁で五木寛之氏のような大作家や、鍵山秀三郎氏、村上和雄氏、渡部昇一氏、鈴木秀子氏といった、世の中にこんなにも素晴らしい方々がいるのかと驚くような人々と出会ってきた。

横田氏は自らを「空っぽ」だと謙遜するが、そうした素晴らしい出逢いに恵まれ、その蓄積があるからこそ、人前で話ができるのだと感謝の念を示す。いつ棺桶の蓋が閉まっても、我が人生に一片の後悔もない。そう言い切る横田氏の言葉は、人生における「出逢い」の計り知れない価値を教えてくれる。

侍ジャパンを世界の頂点に導いた栗山監督、そして多くの人々に教えを説く横田管長。立場は違えど、両氏が語る「プロとしての責任」「他者への貢献」「人生における出逢いの尊さ」は、単なる勝敗を超えた、より普遍的な人生の哲学へと繋がっている。

【参考】栗山英樹、横田南嶺『運を味方にする人の生き方』(致知出版社)