「それってパワハラですよ」。そんな指摘を恐れて、部下を叱れない上司が増えている。企業なら「時代の流れ」と片付けることもできるが、有事への備えである自衛隊ではどうだろう。現役自衛官に取材すると「パワハラ」と「指導」の間で揺れる現状が見えてきた。
「叱ったらそれはパワハラになるじゃないか。だから怖くて叱れない」
昨年大ヒットしたドラマ『不適切にもほどがある!』(阿部サダヲ主演)の第1話でこのフレーズが登場した際、思わず頷いてしまった向きも少なくないのではないだろうか。“令和流”の指導が求められる現代社会において、どう「パワハラ」を回避し部下と向き合うか、管理する立場の人間は日々煩悶している。
国防を担う自衛隊もまた、同じ悩みを抱えているらしい。
「昨年9月、吉田圭秀(よしひで)統合幕僚長は定例会見で“必要な指導を部下からハラスメントと指摘されることを過剰に恐れ、慎重になったり控えたりする者が出てきている”と述べました。自衛隊はここ数年ハラスメントの撲滅に向け突き進んできましたが、トップが言及せざるを得ないほど、組織の悩みも深いのでしょう」(防衛省担当記者)
令和6年版『防衛白書』によれば、2023年度に自衛隊のハラスメントホットラインへ寄せられた相談件数は857件。16年の設置以降、その件数は右肩上がりだという。加えてハラスメントの厳罰化が進んだ結果、20〜22年度の間だけで、実に549人もの隊員が免職や停職、減給といった懲戒処分に至っているのだ。
もっとも、ベテラン陸曹(50代)は、こういった処分者全てが非道な人物ではないと語る。
「ある懲戒処分者についての掲示には“差別用語を用いて指導した”とあり、これは処分もやむなしと感じたのですが、実情を知ると印象が変わります。この年配の隊員は、制服がボロボロの若手に対し“それじゃまるで乞食だ。早く取り換えなさい”と冗談交じりに声をかけただけだったのです。当人はあくまで若手を思って言ったまでのことでしょう」
それ以外にも、ある女性隊員と親しくしていた男性隊員が、仲違いをした途端に彼女から「距離感が近くセクハラだった」と告発された事例も目にしたという。
「昔は馬鹿野郎、この野郎が指導では当たり前でしたが、今は探り探りやらなくてはいけない。何がハラスメントになるか分からないため、目下にもへりくだるような態度になります。パワハラ撲滅の陰で、上官の心配事は増えるばかりですよ」(同)