人生のアップダウンと寄り添う、古き相棒「カタナ」との日々

このところ、再びバイクに乗る喜びを噛み締めている。長年連れ添ったスズキGSX1100S「カタナ」の調子が、ここ数年続いていた不調からようやく回復したからだ。仕事の合間を見つけては、茅ヶ崎から西湘バイパスを経由して箱根へ向かい、現在はアネスト岩田ターンパイク箱根と呼ばれる有料道路を駆け上がる。終点のアネスト岩田スカイラウンジで短い休憩を取り、再び山を下りて家に戻る。往復約100kmの道のりだ。かつてのような猛烈な速度ではなく、年齢相応のペースでゆったりと流すだけだが、これが何より楽しい。この深い喜びは、20歳でホンダ・モトラを手に入れ、目の前に広がる移動の自由という新たな人生観に酔いしれた頃(「20歳の夏に北の大地で出会った風のような女性」に記述)以来かもしれない。歳を重ねるにつれて、人生には予期せぬアップダウンがあるものだと痛感する。

箱根の山道をスズキ・カタナで快走する様子のイラスト箱根の山道をスズキ・カタナで快走する様子のイラスト

弱り目に祟り目?母の不調と重なった相棒の異変

人生、「弱り目に祟り目」とはよく言ったものだ。世の中の出来事の大半は確率と偶然で成り立っているが、「年を取れば心身は衰える」「物も古くなれば故障しやすくなる」といった、確実に訪れる変化もある。こうした避けがたい因果関係で進む物事が、「偶然」のタイミングで重なった時、「弱り目に祟り目」という現象として現れる。

長らく認知症を患っていた母の容態が、「いよいよ危ないかもしれない」という段階に入り始めた約3年前、まるでそれに並走するかのように、私の愛車であるカタナの調子が悪化し始めたのだ。

バッテリーがすぐに上がってしまうというトラブルに見舞われた。配線の一部で漏電しているのではないかと疑い、バイク屋に修理を依頼したが、点検の結果、「どこもおかしなところは見つからない」という診断だった。きちんとバッテリーを充電して走りに出かけ、途中で休憩して、さあ再び走ろうとバイクにまたがると、バッテリーが完全に上がっていてセルモーターが回らないという事態が何度も発生した。このため、仕方なくリチウムイオンバッテリーの携帯用ブースターを購入し、常に持ち歩くようになった。

バイク屋のご主人は言う。「発電は正常ですし、配線系統にも問題はありませんでしたので、しばらく様子を見てください。調べた限りでは正常ですが、なにしろ古いバイクですから、どこかの部品が劣化している可能性はゼロではありません。何かの拍子にまた調子が戻ることもありますから、今は焦らず様子を見るのが最善でしょう」――。

そうなのだ。私のカタナは、もう立派な旧車なのだ。このバイク屋で新車として購入したのは1995年の春。私が33歳だった時のことだ。トラブルが発生した時点で、すでに27年間も乗り続けていたことになる。

27年の時を刻んだ「カタナ」:容易には乗り換えられない理由

「そんなに古いバイクなら、いっそのこと新しいバイクに乗り換えればいいじゃないか」――そう言われることも少なくない。しかし、そう簡単に乗り換えるわけにはいかないのだ。なぜなら、このバイクは「カタナ」だからである。

カタナは、スズキが1981年に発売した大型バイクだ。それまでのスズキのバイクは、「品質は優れているが、デザインはどこかもっさりしていて、洗練されていない」と世間では評されることが多かった。

そのブランドイメージを根本から覆すべく、スズキはドイツのターゲットデザインというデザインスタジオとタッグを組み、当時としては非常に先鋭的で革新的な車体デザインをカタナに採用した。発売後、このデザインはターゲットデザインに所属していたデザイナー、ハンス・ムート氏の作品として大々的に宣伝されたが、実際にはムート氏を含めた複数のデザイナーの提案と、スズキ社内のデザイナーや技術者たちの共同作業によって生み出されたものだと言われている。

当時としてはあまりにも前衛的なそのデザインは、ドイツのケルンで開催された世界最大級のモーターサイクルショー「インターモトケルン」でお披露目された際に、来場者やメディアの間で激しい賛否両論を巻き起こし、「ケルンの衝撃」とまで形容されるほどのインパクトを与えた。

この革新的なデザインを実際に市販モデルとして発売するか、それともショーモデルに留めるかで、スズキ社内でも意見が大きく割れたという。