『あんぱん』が描く戦地:旧日本兵が見た「食」の現実とは

NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、国民的キャラクター『アンパンマン』を生んだやなせたかし氏とその妻をモデルにした物語です。現在のドラマは、やなせたかし氏がモデルの主人公・柳井嵩が徴兵され、終戦間際の戦時下で戦地に赴く様子を描いています。特に中国・福建省での過酷な戦場描写、戦友が目の前で亡くなる場面、そして食料補給が途絶え飢餓状態に陥る様子は、多くの視聴者の共感を呼んでいます。このドラマで描かれる戦場の現実と、実際に旧日本兵が体験した壮絶な日々、そしてそこで彼らが見た「食」について、かつての残留日本兵への取材経験を基に振り返ります。

連続テレビ小説『あんぱん』主演、やなせたかしモデルの柳井嵩を演じる北村匠海。戦時下の物語が視聴者の関心を呼ぶ。連続テレビ小説『あんぱん』主演、やなせたかしモデルの柳井嵩を演じる北村匠海。戦時下の物語が視聴者の関心を呼ぶ。

ドラマが想起させる元日本兵の壮絶な経験

ドラマで描かれる柳井嵩の戦場での体験は、実際に戦地に赴いた多くの旧日本兵がたどった道と重なります。80年前、終戦が迫る中で兵士たちが直面したのは、敵との戦闘だけでなく、飢え、病気、そしていつどこで命を落とすか分からない極限状況でした。私自身、今から20年前に戦後60年を機に東南アジアを旅し、終戦後も現地に残って生きた残留日本兵の方々に会って話を伺う機会がありました(その経験は拙著『帰還せず―残留日本兵 六〇年目の証言』にまとめています)。彼らが語った戦地の惨状は、想像を絶するものでした。

残留日本兵が語った飢餓と食の記憶

当時の残留日本兵は、なぜ日本へ帰らなかったのか。その理由を尋ねる中で、彼らは戦場での厳しい「食」の現実についても語ってくれました。中国戦線に従軍したある元兵士は、「どこへ行っても食事は美味しかったですねぇ…」と、現地の料理を懐かしそうに振り返りました。しかし、そこには常に危険が潜んでいました。農作業をする農民の中に敵兵が紛れ込み、通り過ぎた日本兵を背後から襲撃するケースもあったといいます。ドラマで子どもが日本兵を撃つ場面が描かれているように、戦地では常に命を狙われる恐怖と隣り合わせでした。

戦争末期、補給が滞ることは日常茶飯事となりました。その điển hình が、しばしば「史上最悪の作戦」と呼ばれるインパール作戦です。兵士にはわずか20日分の食料しか与えられず、あとは現地での調達に頼るという無謀な計画でした。ぬかるみ、足場の悪いジャングルを進む中で、食料が尽き、多くの兵士が餓死や病死しました。輸送に使っていたゾウを食べたという兵士もいました。「ゾウも食べたよ。水牛みたいな味がした」という言葉には、生き延びるための壮絶な現実が凝縮されています。

敵からの意外な「ごちそう」

そんな極限状態の中で、元日本兵たちが回顧した「美味しい」記憶。それは、「敵さん」(彼らはそう呼んでいました)の飛行機が落としていく補給物資でした。新潟県出身で衛生兵としてインパール作戦に従軍した中野弥一郎氏は、「あれは美味しかったですねえ!」と感慨深げに語りました。特に印象に残っているのは、台形の缶詰に入ったコンビーフ(corned beef=塩漬け肉)だったそうです。日本では見たこともない珍しいものでした。その他にも、豆の缶詰やジャガイモ、ミルク、そして日本のものよりはるかに大きい乾パン(クラッカー)なども、敵から「分捕って」食料にしたといいます。

しかし、それらの物資を手に入れても、また別の困難がありました。「ミルクを飲んだら、こんどは喉が乾いて困りましたね。水がないんですよ。山の上でしたから」。貴重な食料を手に入れても、飲料水がないという厳しい現実が待っていました。

結論

連続テレビ小説『あんぱん』で描かれる戦場の様子は、多くの視聴者に戦争の現実を考えるきっかけを与えています。特に食料の確保がいかに困難であったかという描写は、実際に旧日本兵が体験した飢餓と隣り合わせの日常、そしてその中で得たわずかな食料がいかに貴重であったかを物語っています。戦地の「食」を巡る証言は、戦争の悲惨さを浮き彫りにすると同時に、極限状態における人間の生への執着を強く感じさせます。ドラマを通じて、現代を生きる私たちが改めて戦争というものを深く理解する一助となるでしょう。


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