関東地方のホスピス型有料老人ホームに暮らす安藤照夫さん（69）＝仮名＝は、「もうここを出て、自由に暮らしたいけど、出られない」とうつむいた。安藤さんは「末期がん」とされているが、再発から３年以上経過し、自分で歩くなど元気だ。しかし、施設では散歩も自由にできないという。この施設は末期がんや難病を対象とした「ホスピス型住宅」だが、運営会社が提供する訪問看護や介護は安藤さんにとってほとんど必要ないと感じている。生活保護を受けているため、費用は全額税金で賄われ、家賃を含め年間約800万円に上るとみられる。本人が望まない生活に高額な公費が投じられているのはなぜか。この不可解な状況の背景を探る。
取材に応じる生活保護利用者、安藤照夫さん（仮名）。ホスピス型老人ホーム入居中も元気な様子（４月）
胃がんで入院、病院から紹介された老人ホームへ
安藤さんは父親の建設会社で働き、50代で胃がんを患い、３年前に再発した。入院治療を受けたが、結婚しておらず当時同居していた兄夫婦への負担を考慮すると、自宅への退院は難しかった。
そこで、入院していた病院から「24時間、看護師と介護士がいるから安心」と、ある大手会社が運営するホスピス型の有料老人ホームを紹介された。３年前の夏に入居した。当初は体が弱っていたが、徐々に回復し、現在は一人で日常生活を送れる状態になっている。経済的な理由から兄に頼ることはできず、生活保護を利用しながら施設費用を賄っている状況だ。
安藤照夫さん（仮名）が暮らすホスピス型の有料老人ホームの外観または内部。高額な費用が生活保護から支払われている施設（４月）
訪問看護「30分なんて、いたことない」
このホスピス型老人ホームは、運営会社が訪問看護と訪問介護のステーションを併設している特徴を持つ。入居者が「末期がん」と認定されている場合、訪問看護サービスを提供したとして診療報酬を毎日、１日に３回まで請求することが可能だ。安藤さんの部屋にも形式上は１日３回、看護師が訪れることになっているという。
しかし、診療報酬を適切に請求するためには、原則として１回の訪問につき30分以上サービス提供する必要がある。安藤さんに実際の訪問について尋ねると、「30分なんて、いたことない。そんな話、びっくりだよ」と驚きを隠さなかった。実際のサービスは、血圧や体温を測ったり、服薬を確認したりする程度で、数分で終わってしまうことが多いと語る。
胃がん再発で自宅退院が困難となり、病院から老人ホームを紹介された状況を示すイメージ。高齢者ケア施設入居の背景
また、訪問介護についても疑問符がつく。毎日のように午前０時ごろに訪問したとする記録が一時期、作成されていたことが判明している。深夜の訪問介護には通常より高い報酬が加算される仕組みになっている。しかし、安藤さんはこの記録についても「そんな時間に来たことない」とはっきりと否定している。
高額な公費の使われ方、制度の歪みか
安藤さんの事例は、「末期がん」という診断を前提としたホスピス型施設に、生活保護を利用して入居し、年間約800万円もの公費が投じられているにも関わらず、本人は日常生活を送れるほど元気であり、提供されるサービスの必要性を感じていないという実態を浮き彫りにしている。施設の規約による外出制限で自由がないことに加え、訪問看護や介護のサービス提供時間や記録に関する本人の証言との食い違いは、制度の運用における不透明さや、不適切な請求が行われている可能性を示唆している。元気な高齢者が「末期がん」として高額な税金で支えられる施設に入居し続けるという状況は、公費の効率的な使われ方や、高齢者及び難病患者への適切なケア提供のあり方について、社会全体で改めて議論する必要があることを示唆している。
出典：共同通信
