日本人宇宙飛行士として数々の記録を打ち立ててきた野口聡一さんだが、2010年に2回目のフライトから戻った後、燃え尽きの状態を経験したという。その時に考えていた「プレッシャーと成長の関係」について、キャスター・大江麻理子さんと語る。※本稿は、野口聡一・大江麻理子『自分の弱さを知る 宇宙で見えたこと、地上で見えたこと』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
● プレッシャーは 本当に必要なのか?
野口:燃え尽きの話で1つの課題となるのが、プレッシャーです。競争社会の中で、人はいいプレッシャーを感じて成長するものだという成長神話が僕たちの中にあって、それがずっと存在していると感じます。たとえば、わかりやすい例として少年野球や高校野球があります。
あの苦しい練習を耐えたから勝利に意味があるとか、あのプレッシャーを切り抜けたからこそ成長できたのだとか、そういう価値観が根強く残っています。年長者の方は、今は大変かもしれないけれど、この難所を切り抜ければもう1段上に行けるから頑張れと声をかけます。僕自身、日本で育ってきた中でこのような場面を多く経験してきました。多くの人が経験することとしては、受験勉強もそうでしょう。
「ここを乗り切れば」「この1年頑張れば」成長できる、あるいは会社であれば「このプロジェクトが終わるまでは」「課長になるまでは」「部長になるまでは」一心不乱に頑張ろうという風潮が根強く残っています。
野口:大変かもしれないけれど、それこそがバネみたいなものになって大きな成果があるという思いが染みついています。おそらく、これはある年齢以上の日本人に共通する一般的な現象だろうと、僕は今、強く感じています。
大江:そうですね。私たちの世代は、時にはプレッシャーも必要だと言われて育ってきた気がします。
野口:プレッシャーにも、いいプレッシャーと悪いプレッシャーがあるという考え方があります。悪いプレッシャーだとつぶれてしまうけれど、いいプレッシャーは必要だと、とくに会社の経営者などはよくそうおっしゃいます。
けれども、プレッシャーはやはりプレッシャーであり、つまりはストレスです。大なり小なりやはりストレスであって、ストレス耐性は人によって違う。
だから、プレッシャーを与えることで成長するというのは、とくに昭和マインドでは当然の考えではあったかもしれませんが、それがそもそも本当に正しかったのかというのが、当事者研究(編集部注:自分で自分の経験・障害・病気などについて、客観的に見直す手法の研究のこと)を通じていろいろな形で感じている疑問です。
● 誰の心も簡単に 折れてしまう時代だから
野口:今は皆、等しく心が折れる時代です。この人は強いから大丈夫というのはもうあり得なくて、誰の心も折れる時代になっている。もしかしたらずっと以前からそうだったのかもしれませんが、うまく気を紛らわすとか、違うところで力を発揮するとか、あるいは社会としてのいいサポート体制があったとか、そういうことでなんとかなっていたのではないでしょうか。
けれども、今はみんなプレッシャーを感じると簡単に心が折れると思ったほうがいいぐらいです。プレッシャーに対するストレス耐性がどんどん落ちている状況で、成長戦略としてのプレッシャーがあること自体を見直さなくてはならないと感じています。