パレスチナ自治区ガザ地区でイスラエルと戦闘を続けるイスラム組織ハマスは、同地区における支配力の約8割を失い、その空白を武装集団が埋めつつあると、ハマス治安部隊の幹部がBBCに語った。数カ月にわたるイスラエル軍の攻撃により、ハマスの政治、軍事、治安の指導部が壊滅的な被害を受け、指揮系統システムが崩壊したという。
この幹部は、イスラエルへの奇襲で始まった戦闘の初期に負傷し、現在は健康上の理由で職務を離れている。男性幹部は匿名を条件に、複数の音声メッセージをBBCに提供した。
ハマスの治安体制と指導部の壊滅的打撃
音声メッセージの中で、この幹部はハマスの内部崩壊とガザ全域での治安のほぼ完全な崩壊について語った。戦闘開始前、ハマスはガザを統治していた。
「現実的に考えよう。治安体制はほぼ消滅した。指導部の約95%は死亡した。(中略)活動していた幹部らは全員殺害された」と幹部は述べ、イスラエルがこの戦争を続けるのを止めるものはないと指摘した。「論理的に考えれば、(イスラエルは)最後まで続けるはずだ。全ての条件が整っているからだ。イスラエルが優位に立ち、世界もアラブ諸国も沈黙し、犯罪組織がまん延し、社会が崩壊しつつある」。
イスラエルの当時の国防相は、昨年9月には既に「ハマスは軍事組織としてはもはや存在せず」、ゲリラ戦を展開している段階だと述べていた。
ハマス治安部隊幹部によると、同組織は1月19日から57日間続いた停戦期間中に、政治、軍事、安全保障部門の再編を試みた。しかし、3月にイスラエルがガザ攻撃を再開し、停戦は事実上崩壊。以来、イスラエルは残存するハマスの指揮系統を標的にし、ハマスは混乱状態に陥っている。
ガザ全域に広がる治安の空白と無法状態
幹部は、ガザの治安状況について「完全に崩壊しているし、完全に消滅した。もはや統制などどこにも存在しない」と断言した。市民はハマスのガザ統治の拠点であった最も強力な治安機関(アンサール)の施設を略奪したが、警察や治安部隊は一切介入しなかったという。略奪は事務所からマットレス、亜鉛板に至るまであらゆるものが対象となった。
ガザ地区で破壊された警察車両と遊ぶ子供たち。ハマスの治安体制崩壊を示す光景。
こうした治安の空白により、暴力的な集団や武装集団がガザの「至る所」で活動するようになった。こうした集団は誰彼となく呼び止めて殺害することもできるが、誰も介入しようとしない。盗人に対抗するため抵抗グループを作ろうとした者も、30分以内にイスラエル軍に爆撃されたという。
「したがって、治安などない。ハマスによる統率もない。指導力も指揮系統も通信手段もない。給与の支払いは遅れ、届いても使い物にならない。給与を受け取ろうとして命を落とす者もいる。完全に崩壊している」と幹部は現状を説明した。
ガザ中部デイル・アルバラフでは先月26日、市場の治安維持に当たっていたハマスの警察部隊がイスラエル軍のドローン攻撃を受け、少なくとも18人のパレスチナ人が殺害されたと医師や目撃者がBBCに証言した。ハマスの警察官は当時、民間人の服装で、法外な高値で販売したり、トラックから略奪した支援物資を売ったりしている人物を取り締まっていたとされる。イスラエル軍は、ハマス治安部隊に所属する「複数の武装したテロリスト」を攻撃したと主張している。
新たに台頭する武装集団とその脅威
治安の空白が生じる中、ガザの強力な地域グループとつながりのある6つの武装集団が、この空白を埋める代理勢力として台頭していると、前出のハマス治安部隊幹部は指摘する。これらの集団は資金、武器、人員を集める力があり、南部を中心にガザ全域で活動している。
中でも、ヤセル・アブ・シャバブ氏が率いる集団は、イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区に拠点を置くパレスチナ自治政府や中東諸国の関心を集めている。イスラエルが先月、この集団に武器を供与していることを認めたことで、さらに関心が高まった。
ハマスは、アブ・シャバブ氏が多くの敵対勢力にとって統一の象徴となりかねないと恐れ、彼に高額の懸賞金をかけていることを、ハマス治安部隊幹部は認めた。「ハマスは通常なら、盗人には目もくれない。市民が飢えているので、(戦闘員は)さらなる混乱を招くことは望んでいない。だが、この男は別だ。ハマス戦闘員はこの男を見つけたら、イスラエルの戦車ではなく男を追うかもしれない」。
ガザの情報筋はBBCに対し、アブ・シャバブ氏が他の武装集団と連携し、ハマス打倒を目指す共同組織を設立しようとしていると述べた。
エジプトの首都カイロ在住のパレスチナ治安当局元メンバーは、アブ・シャバブ氏のネットワークが勢いを増していると指摘する。この人物はかつて、1996年のハマス軍事部門弾圧に関わった部隊に所属していた経験を持つ。
「アブ・シャバブ氏が率いる集団がハマスの弱体化に成功すれば、まるで引く手あまたの孤児のように、誰もが彼らを迎え入れようとするはずだ」とこの元メンバーは話す。全ての交渉当事者は表向きにはガザの武装集団とのつながりを否定しているものの、アブ・シャバブ氏はパレスチナ情報当局高官と3度面会し、エジプト側にも親族を通じて安心させるメッセージを送っていると主張。さらに、ムハンマド・ダハラン陣営とも良好な関係を維持していると付け加えた。ダハラン氏はガザの元治安当局責任者で、15年前にパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長と対立して以来、亡命生活を送っている。
ハマス治安部隊幹部は、ハマスはアブ・シャバブ氏率いる集団を排除するためなら「どんなことでもする」と警告した。その理由として、現在の軍事力ではなく、彼がハマスのあらゆる敵対勢力を結集させる象徴になり得ることを恐れているためだと説明した。「ハマスはこの17年間、至る所で敵を作ってきた。アブ・シャバブ氏のような人物がそれらの勢力を結集させられるなら、それが我々の終わりの始まりとなるかもしれない」。
ガザでは無法状態が進み、地区内のさまざまな地域がまるごとギャングの支配下に陥りつつある。こうした中、ハマスはイスラエルからの攻撃に加え、ガザ地区内の敵対勢力にも包囲されつつある状況だ。
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