2023年8月、暑さが本格化していた米インディアナ州で、2児の母であるアシュリー・サマーズさんが「水の飲みすぎ」が原因で死亡するという痛ましい事故が起こりました。診断された死因は「水中毒」でした。熱中症を疑い、対策のために短時間で大量の水を摂取したことが悲劇につながったのです。一般にはあまり知られていない「水中毒」とは一体何なのか、そしてなぜ危険なのか。米国で実際に発生したこの事例から、そのリスクとメカニズムを深く掘り下げていきます。
「水中毒」で死亡したアシュリーさんの事例
事故当時、アシュリーさんは夫と娘たちとボートに乗っていました。途中で脱水症状のような症状、具体的には頭痛とめまいを感じたといいます。熱中症を疑った彼女は、迅速に対処しようと水を飲み始めました。兄のデヴォン・ミラー氏によると、アシュリーさんは「20分間でペットボトル4本分(約1.89リットル)」の水を飲んだと家族は話していたそうです。ミラー氏は「それは丸一日かけて飲むべき量だ」と指摘しています。帰宅後、彼女はガレージで倒れ、意識を失いました。病院に運ばれましたが、残念ながら帰らぬ人となりました。死因が水中毒と告げられた時、家族は「そんなものが本当にあるのか」と大きな衝撃を受けたといいます。
水を飲む行為に関連するイラスト。水中毒や脱水に注意を促すイメージ。
水中毒(低ナトリウム血症)とは? メカニズムを医師が解説
では、水中毒とは具体的にどのような状態なのでしょうか。水中毒は医学的には「低ナトリウム血症」と呼ばれます。これは、体液中の重要な電解質の一つであるナトリウムの濃度が異常に低下した状態を指します。カリフォルニア州の救急医、ラス・キノ医学博士は、「水中毒の大きな問題は、体内の重要な電解質のひとつであるナトリウム濃度に影響を与えることです」と説明しています。
ナトリウムは、神経や筋肉など体の様々な組織が正常に機能するために不可欠であり、血圧の調整にも重要な役割を果たします。キノ医師は続けて、「短時間に大量の水を飲むと、血液中の電解質、特にナトリウムの濃度が急速に薄まります。その結果、細胞内の水分濃度が高まり、特に脳の細胞に水分が移動し、脳が腫れてしまうのです」と述べています。この脳の腫れは、時に生命に関わる重大な問題を引き起こす可能性があります。
過去にも報告される水中毒の死亡事例
水中毒による死亡事例は、アシュリーさんのケースだけではありません。決して頻繁ではないものの、過去にも報告されています。例えば、フットボールの練習中に短時間で14Lもの水分を摂取した男性が死亡した事例や、いかに多くの水を飲めるかを競う競技で7.5Lの水を飲んだ女性が死亡したという事例も記録されています。これらの事例は、極端な状況下ではありますが、大量の水を短時間で飲むことの危険性を示唆しています。
水中毒、すなわち低ナトリウム血症は、特に暑い時期に脱水症状を疑った際に、良かれと思って大量の水を一気に飲むことで発生するリスクがあります。体内のナトリウムバランスが崩れ、脳に深刻な影響を与える可能性があり、最悪の場合、死に至ることもあります。アシュリーさんの事例や過去の報告からも明らかなように、水分補給は重要ですが、その方法、特に「量」と「速さ」には十分な注意が必要です。適切な水分補給を心がけ、水中毒のリスクを理解しておくことが、自身の健康と安全を守る上で極めて重要です。
参考文献:
- Harper’s Bazaar Japan via Yahoo!ニュース: 短時間で大量の水を飲むと、体内で何が起こる? https://news.yahoo.co.jp/articles/ead0687fb1575eddac072eff18b7ff9f7930f057