東京大学の入試問題は、単なる知識の有無を測るだけではありません。そこには、大学側が受験生に求める本質的な能力、つまり「真の学力」を問うメッセージが隠されています。本連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」では、現役東大生(文科二類)の土田淳真が、三田紀房氏の受験漫画『ドラゴン桜2』を題材に、過去の東大入試問題から大学が本当に求める資質を深く読み解きます。
「難問」から「典型問題」へ:東大数学の変遷と本質
『ドラゴン桜2』の作中では、東大合格を目指す天野晃一郎と早瀬菜緒が、苦手な数学の特訓として実際の東大入試問題に取り組みます。彼らが解いた2005年の数学問題のように、中学生レベルの知識で解けるような問題が、東大入試にも稀に存在します。
東大数学に挑む「ドラゴン桜2」の天野と早瀬、勉強合宿で問題解決に奮闘する受験生の様子。
円周率、三角関数の定義:基礎理解を問う問題
前作『ドラゴン桜』でも取り上げられた、有名な「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」(2005年)は、その典型例です。この問題の模範解答は、円に内接する正十二角形を用いて考えるものですが、問われているのは小学校で学ぶ円周率の定義をどこまで深く理解しているか、という基礎力です。
さらに衝撃的だったのは、1999年の「一般角θに対してsinθ、cosθの定義を述べよ」という出題です。日常的に使用する基本的な概念だからこそ、「その定義を正確に理解していますか?」という、東大からの深い問いかけが感じられます。ちなみに、この問題の次に「三角関数の加法定理を証明せよ」という、教科書レベルの問いが続きますが、丸暗記に頼りがちな受験生にとっては今でも難問となり得ます。これらは、単なる公式の暗記ではなく、概念の本質を把握する重要性を示しています。
逆像法:かつての「難問」が定石に
現在では大学入試問題の「定石」となっている解法も、かつては「難問」とされていました。しかし、東大で出題されたことで盛んに研究・対策され、現在の典型問題へと昇華していったのです。
例えば、「点 (x,y)が原点を中心とする半径1の円の内部を動くとき、点 (x+y, xy) の動く範囲を図示せよ」という問題。これは今でこそ「逆像法」と呼ばれるテクニックを理解するための代表的な問題として、難関大学受験の参考書に必ず登場します。しかし、実はこの問題、約70年前の1954年に東京大学の「解析I」で出題されたものなのです。当時の入試では、「解析I、解析II、幾何I、幾何II」から2つを選択して解答する形式でした。
受験生の「思い込み」を打ち破る挑戦的な問い
これらの数学問題は「ひらめき問題」と呼ばれることもありますが、実際にはその単元の核心を突く本質的な問題と言えます。小手先のテクニックでは太刀打ちできず、定義に立ち返って根本から考え直す力が必要とされます。
数学だけでなく、他の科目でも入試問題は受験生に強いメッセージを送ってきます。有名なのが、1983年の日本史の問題です。なんと、1978年と全く同じ問題と解答例を出した上で、その解答例が「低い点数を与えられた理由」を考察させ、新しい答えを問うたのです。予備校の模範解答が出回っている中で、再び同じ問題を出題したということは、大学側が受験生に伝えたい強いメッセージがあったことを示しています。
参勤交代問題:制度の本質と背景を洞察する力
同じ年の次の問題では、江戸時代に大名が江戸と領地を往復した「参勤交代」の意義を問う問題が出題されました。問題文の前半には、「参勤交代が、大名の財政に大きな負担となり、その軍事力を低下させる役割を果したこと(中略)は、しばしば指摘されるところである。しかし、これは、参勤交代の制度がもたらした結果であって、この制度が設けられた理由とは考えられない」とあります。これは、参勤交代が「大名の財政力を削ぐため」という一般的な「思い込み」に対し、その制度が設けられた「本来の理由」を深く洞察するよう求めているのです。
入試問題は「大学からのメッセージ」
大学入試問題は、単に知識量を測るためのテストではありません。それは、その大学がどのような資質を持つ学生を求めているかを示す、明確な「メッセージ」なのです。問題の難易度だけで語るのではなく、大学が高校生世代の若者に、入試問題を通じて何を伝えようとしているのか、どのような思考力や洞察力を期待しているのかを深く考える視点を持つことが、真の東大合格への道を開く鍵となるでしょう。
参考資料
- 土田淳真 (現役東大生, 文科二類)
- ダイヤモンド・オンライン (Yahoo!ニュース経由)