米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」が今年5月に発表した報告書「ガーディアンタイガー(Guardian Tiger)I・II図上演習(TTX)」は、東アジアの安全保障環境に対する衝撃的な警告を発しました。この2件のシミュレーションには米政府や軍の関係者ら約50名が参加し、今後5~10年以内に東アジア地域で発生しうる紛争、すなわち北朝鮮による西海(黄海)での挑発と中国による台湾侵攻を想定。いずれのシナリオも、最終的には北朝鮮による戦術核兵器の使用へと繋がり、さらに深刻な事態が示唆されました。特に注目すべきは、北朝鮮が戦術核兵器を使用しても、米国が戦争の拡大を懸念し、北朝鮮への核報復をためらう可能性が浮上した点です。これは、これまで米国が提供してきた「拡大抑止(Extended Deterrence)」の公約が、有事の際に「虚言」となりかねないという重大な懸念を提起しています。
「ガーディアンタイガー」図上演習が示す未来の危機
アトランティック・カウンシルの図上演習は、朝鮮半島と台湾を巡る二つの異なるシナリオを通じて、米国の拡大抑止が直面しうる課題を浮き彫りにしました。
Kịch bản 1: 北朝鮮による戦術核使用と米国の対応ジレンマ(西海挑発から東海での核攻撃へ)
「ガーディアンタイガーI」では、北朝鮮による西海での挑発が戦争拡大へと発展し、最終的に北朝鮮が東海(日本名・日本海)上の艦艇に対し戦術核兵器を使用するという事態を想定しました。この段階に至り、米国では核報復の是非を巡って深刻な意見の隔たりが生じます。米国家安全保障会議(NSC)は核兵器による報復よりも非核兵器に重点を置いた案を勧告。一方、軍首脳部は先端精密武器による打撃を主張し、在韓米軍は核・通常兵器を統合した総攻撃や、平壌(ピョンヤン)近隣への核兵器攻撃を提唱するも、最終的な結論には至らず、核報復は見送られる結果となりました。
Kịch bản 2: 中国の台湾侵攻と北朝鮮の介入(在韓米軍基地への核攻撃とグアムへの示威)
「ガーディアンタイガーII」は、中国による台湾侵攻から始まります。台湾占領作戦の初期に大きな損害を被った中国は、在韓米軍の台湾増援を阻止すべく西海に軍事作戦禁止区域を設定し、北朝鮮との軍事協力センターを運営。危機が高まる中で、北朝鮮はミサイルやドローンで在韓米軍基地を攻撃し、これに対し米韓が報復を行います。すると北朝鮮は戦術核で空軍基地を打撃し、さらにグアム周辺に中距離ミサイル4発を発射する武力示威を実施。米韓は北朝鮮政権の除去に向けた攻勢作戦に合意し、開城(ケソン)近隣への戦術核攻撃も考慮しますが、米国は北朝鮮による追加核攻撃の可能性や、北朝鮮に集中している間に中国が台湾を陥落させることへの懸念から、再びジレンマに陥り、核報復は実施されませんでした。
揺らぐ米国の拡大抑止と2030年の現実
これら二つの図上演習を通じて共通して確認されたのは、米国が韓国に提供する拡大抑止が、実際の有事においては機能しない可能性があるという厳しい現実です。「ガーディアンタイガーI・II」ともに、北朝鮮の戦術核兵器使用に対し米国が核報復を検討したものの、ウォーゲームは核報復が実現しないまま終了しました。演習の教訓として、「北朝鮮のいかなる核使用も政権の終末につながる(any use of a nuclear weapon will lead to the end of the North Korea regime)」という宣伝的公約は、北朝鮮の核能力がさらに高度化する2030年には信頼性を失うと分析されています。
この分析は、米国の拡大抑止が作動しない状況がわずか5年後に現実のものとなる可能性を示唆しており、日本を含む東アジア全体の安全保障に極めて重要な意味を持ちます。
韓国が取るべき道:「核潜在力」確保と平和的利用の模索
米国の拡大抑止が機能しない可能性が指摘される中、韓国は何をすべきでしょうか。北朝鮮の核使用を抑止できる独自の手段と方法があるのなら、それを全て動員する必要があります。
独自の抑止力強化:韓国型3軸体系の高度化
まず、韓国型3軸体系(キルチェーン、韓国型ミサイル防衛、大量反撃報復)の高度化を通じて、複合多層の迎撃能力と圧倒的な大量反撃報復能力を備えることが不可欠です。しかし、これだけでは核の脅威に完全には対応できません。
核潜在力確保への具体的なアプローチ:原子力の平和的利用拡大
現状、韓国が直ちに核武装に踏み切ることは困難ですが、核潜在力確保に向けた努力は今すぐ着手すべきです。このための現実的なアプローチは、原子力の平和的利用範囲の拡大を通じて核潜在力を確保することにあります。原子力の平和的利用範囲の拡大と核潜在力の確保はコインの裏表の関係であり、産業的な観点からは核燃料サイクルの完成、安保的な観点からは核潜在力の確保と位置付けられます。この推進は、核拡散防止条約(NPT)体制の遵守と、米韓間の緊密な意思疎通と協力が前提となります。すなわち、産業的な必要性と安保的な正当性を根拠に米国を説得し、国際不拡散規範内で米国の協力を引き出すことが求められます。
エネルギー安全保障と国際社会の理解
韓国は世界第5位の原発保有国であるにもかかわらず、米韓原子力協定によりウラン濃縮と再処理が禁止されています。このため、韓国が完全な核燃料サイクルを構築できず、核燃料の全量を輸入に依存していることは、エネルギー安全保障の側面で大きな問題を抱えています。特に、世界の濃縮ウラン生産においてロシアが44%、中国が14%を占める現状では、サプライチェーンの陣営化が日増しに深まり、韓国の濃縮および再処理能力確保はエネルギー安全保障レベルで喫緊の課題です。米国もロシアと中国の濃縮ウラン市場支配力を深刻な脅威と認識し、サプライチェーン再編を試みているだけに、これを機会として活用することが賢明です。
問題は、核潜在力の確保を核武装のための経路と認識する国際社会の認識をいかに克服するかです。
進歩政権の役割と「平和」の論理
幸いなことに、李在明(イ・ジェミョン)政権のような「平和」を強調する進歩政権は、この論争から抜け出すための有利な立場にあります。大統領選挙の過程で李在明候補は、朝鮮半島の非核化、南北関係の復元、和解・協力の推進など「平和」に向けた公約を主に提示しました。北朝鮮の核抑止に関する公約も、「強固な米韓同盟に基盤を置いた全方向的抑止能力の確保」として「韓国型弾道ミサイル性能高度化および韓国型ミサイル防衛体系高度化」を提示しており、核武装やその動きと誤解されるような発言や公約はありませんでした。原子力の平和的利用拡大と核潜在力保有が持つ二重の特性を考慮すると、この問題の解決は「平和」を強調する進歩政権に有利に働く可能性があります。
東アジアの安保環境変化と韓国の戦略的選択
今後5~10年後には、米国の拡大抑止が機能しない状況が到来するかもしれません。直ちに核武装ができない韓国としては、この状況に備えるためにも核潜在力を確保する必要があります。国家の生存がかかるこの戦略的課題は、進歩政権の戦略家の肩にかかっています。東アジアの安全保障環境が流動的である中、日本の安全保障にとっても、朝鮮半島の動向は無視できない重要な要素であり続けるでしょう。
済州南側の公海上で米国の戦略爆撃機B-52H、韓国KF-16、日本のF-2が拡大抑止を目的とした連合空中訓練を実施する様子。
参考文献
- 米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」報告書「ガーディアンタイガー(Guardian Tiger)I・II図上演習(TTX)」
- 国防部提供写真 (https://news.yahoo.co.jp/articles/c0068e6379c549890ae124f66ea662c0cf990f6b/images/000)
- チョン・ヨンボン(元陸軍参謀次長)寄稿記事 (https://news.yahoo.co.jp/articles/c0068e6379c549890ae124f66ea662c0cf990f6b)