医療的ケア児殺害、母親公判で明かされた壮絶な心中計画──介護現場の闇と社会の課題

福岡市の自宅で今年1月、医療的ケアが必要な長女・心菜さん(当時7歳)の人工呼吸器を外し殺害したとして起訴された母親、福崎純子被告(45)に対し、福岡地裁は今月18日、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の判決を下しました。この医療的ケア児殺害事件の公判では、被告人が娘との無理心中を図った事件当日の状況が詳細に明かされ、介護現場が抱える根深い社会問題が改めて浮き彫りとなりました。

福岡地裁で開かれた医療的ケア児殺害事件の公判。親子の心情と介護の現実を象徴するイメージ画像。福岡地裁で開かれた医療的ケア児殺害事件の公判。親子の心情と介護の現実を象徴するイメージ画像。

医療的ケア児と母親が直面した現実

亡くなった心菜さんは「脊髄性筋萎縮症」と診断され、24時間態勢での介護が必要な医療的ケア児でした。人工呼吸器を使用し、常に細心の注意を要するその生活は、母親である福崎被告に計り知れない負担を強いていたと推測されます。今回の公判では、そうした過酷な現実の中で、被告人がいかにして事件に至ったのか、その心境と行動が供述調書から明らかになりました。

事件に至るまでの心理と準備

7月11日の公判で検察官によって読み上げられた被告人の供述調書は、事件に至るまでの切迫した心理状態を克明に示しています。事件の2日前、夫との口論が無理心中を考えるきっかけとなったとされています。事件当日である1月5日の午前中は訪問看護を受け、心菜さんの看病に集中しており、この時点ではまだ心中実行の意思は固まっていませんでした。しかし、その間もスマートフォンで「睡眠薬」「致死量ランキング」「ガムテープの自殺方法」といった物騒な検索履歴を残していました。

最終的な実行のきっかけについては「わからない」「閃いた感じ」と被告人は答えており、精神的な極限状態であったことが伺えます。訪問看護が帰宅した後、被告人は自身の服をすべてゴミ袋に入れて捨てました。これは、自分なりに後戻りしない決意の表れであると同時に、残される夫が遺品整理しやすいようにという、夫への配慮の気持ちも含まれていたといいます。衣服は夫の寝室に置かれていたため、何度も部屋を行き来しましたが、夫は妻が出入りしていることは感じていたものの、その後に何が起きるかなど想像もしていなかったでしょう。夫が困らないよう、母子手帳、通帳、印鑑などもリビングの机に置くという行動もとっています。

ゴミ捨て場に出る際、被告人は夫に「アラーム聞いといて」と声をかけました。これは人工呼吸器が正常に作動しない場合に鳴るもので、外出中に鳴った場合の対処をお願いしたとのことです。取調捜査官から「娘と一緒に死ぬ気なら、アラームを気にしなくてもいいのでは?」と問われると、被告人は「(娘と)一緒に死にたかったので」と答えています。

事件を起こす前には、手に出せるだけの睡眠薬を水で一気に流し込み、意識がふわふわする状態となりました。被告人は10代の頃に睡眠障害、20代には精神不安定として睡眠薬を処方されており、事件当時も通院していました。その後、その日の夜と翌日の訪問看護の予定をすべてキャンセルする連絡をしています。さらに、寝室にいる夫がリビングに入ってこないよう、ドアノブとリビングのラックをビニール紐で縛り付けるという具体的な行動もとっていました。

「心菜を産んですみません」──義母への手紙に綴られた絶望

机の上の手帳には、義母への手紙が書き残されていました。その内容は、被告人の心の奥底にあった苦悩と絶望を鮮明に物語っています。

【〇〇(夫の名前)ちゃんの母へ
心菜を産んですみません。存在隠したり、気を遣わせてごめんなさい。
〇〇(夫の名前)ちゃんを幸せにできず、お義母さんが幸せオーラを引き出してあげてください。
私はメンタルが弱く、心菜へのヒドいこと、言わなくていいことが蓄積していきました。
こんな弱くてすみません。もっとタフに生きたかったです】

この手紙は、娘を産んだことへの謝罪、夫や義母への罪悪感、そして自身の精神的な弱さから娘に対して心ない言動を重ねてしまったことへの後悔が滲んでいます。そして、手紙を書き終えた被告人は、心菜さんに手を伸ばすに至ったのです。

介護現場が抱える根深い問題

今回の公判で明らかになった福崎被告の行動と心情は、医療的ケア児を抱える家族が直面する過酷な現実と、それがもたらす精神的負担の大きさを改めて浮き彫りにしました。24時間体制の介護は、親の心身を極限まで追い詰める可能性があります。この事件は、単なる個人の悲劇として片付けるのではなく、介護現場におけるサポート体制の不足、社会的な理解の欠如、そして家族が孤立しがちな現状といった、根深い社会問題として捉える必要があるでしょう。今後、このような悲劇を繰り返さないためにも、医療的ケア児とその家族への多角的な支援体制の構築が喫緊の課題として求められています。