日本全国に30,687カ所(こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ 令和6年4月1日」より)ある保育所等の中には、「保育は儲かる」という利益追求型で参入した事業者も存在します。こうした営利優先の経営のもと、必要な玩具や絵本が十分に用意されず、現場の保育士が自腹で物資を補給しているという深刻な実態が明らかになっています。ジャーナリストの小林美希氏が、この問題の背景にある「委託費の弾力運用」という課題に切り込み、保育の質と保育士の労働環境に与える影響を浮き彫りにします。
現場の悲鳴:100均頼みの保育と保育士の負担
「色鉛筆や折り紙はすべて『100均』が当たり前。玩具なんて十分に買ってもらえないので、私たち保育士が自腹を切って用意している状況です」。埼玉県内の株式会社が運営する認可保育園で働く本田美丘さん(仮名、25歳)は、現実に直面し嘆きます。新卒で入職した彼女は、当初、これが一般的な保育園の状況だと思っていました。
園長からは「100均で買えるものは100均で」と指示されており、保育材料の購入は常に100円均一ショップ。しかし、100円ショップの色鉛筆は種類が少なく、子どもたちが好んで使う色はすぐに芯が短くなります。にもかかわらず、一本売りの色鉛筆は「高いから」という理由で園から購入してもらえません。このため、保育士たちが自腹を切って補充せざるを得ない状況が続いています。
保育園全体に玩具が著しく不足しているのも問題です。0歳児から5歳児までの各クラスには15〜20人の子どもがいますが、例えば「おままごとセット」はどのクラスにも1セットすらありません。やむを得ず、曜日ごとに使用するクラスを決める運用が行われています。園児が「せんせい、おままごとしたい」と訴えても、「今日はおままごとの日じゃないから、ブロックで遊ぼうね」と答えなければならないことは、保育士にとって大きな心の負担となっています。
保育士が自腹で保育用品である色鉛筆を補充する様子
玩具不足が引き起こす子供たちの葛藤と保育士の苦悩
おままごとの日になっても、玩具の少なさが原因で園児同士の喧嘩が絶えません。例えば、マジックテープで半分に切れるプラスチック製の野菜玩具は、子どもたちが夢中になって包丁で切るため、他の園児もやりたがり、奪い合いになってしまいます。しかし、このような状況で他に気を紛らわせる玩具がほとんどないのです。
1〜2歳といった幼い園児の場合、言葉で言い聞かせることが難しく、喧嘩がエスカレートすれば、かみつきやひっかきの原因となります。万が一園児が怪我をしてしまえば、保育士は保護者への謝罪を余儀なくされ、園内ではインシデントレポートの作成が必須となります。保護者が納得しない場合は関係性の悪化にも繋がり、保育士には計り知れないプレッシャーがかかります。
こうした状況を改善するため、本田さんは園長に「もう少し玩具を買ってほしい」と頼んだこともありました。しかし、園長からは「なんとか工夫して。あなたの保育技術が足りないから、かみつき・ひっかきになる」と一蹴されてしまいます。さらには「これも勉強だから」と、自宅で玩具を手作りしてくるよう命じられることもありました。これは、明確な持ち帰り残業です。
園長の無理解と持ち帰り残業の常態化
本田さんは「喧嘩にならない方がマシ」との思いから、やむなく2,000円ほど自腹を切り、野菜の玩具セットを購入しました。本田さんの月給は手取りで約20万円、年収は約300万円と、決して生活に余裕があるわけではありません。
「安月給の中での出費はつらいけど、子どもたちには楽しく過ごしてもらいたいし、保護者に怒られるのもつらいので、仕方ないですね。先輩も自腹で玩具を買っています」と本田さんは語ります。しかし、他の法人で働く友人からは「そんなことはない」と言われ、自身の置かれている状況に大きなショックを受けたといいます。
営利優先の保育運営がもたらす質の低下と業界の課題
この保育園で起きている問題は、単なる一事例に留まりません。利益を最優先する経営体質が、保育の質の低下、ひいては保育士の過重労働と離職に繋がる可能性を強く示唆しています。特に「委託費の弾力運用」は、運営費の使途について園側の裁量を大きく認める制度であり、本来は保育の質向上に役立てられるべき資金が、必ずしも子どもたちや保育士のために使われていない現実が浮き彫りになっています。
このような運営が横行すれば、保育士は精神的、経済的に疲弊し、結果的に質の高い保育を提供し続けることが困難になります。子どもたちの健全な成長を支える保育現場が、物資不足や保育士の自腹によってその根幹を揺るがされている現状は、社会全体で真剣に受け止め、改善に向けて取り組むべき喫緊の課題と言えるでしょう。
参考資料
- こども家庭庁: 「保育所等関連状況取りまとめ(令和6年4月1日)」
- Yahoo!ニュース: 「100均で買えるものは100均で」、保育士が自腹で色鉛筆補充
- 東洋経済education × ICT (Original Source)