ネアンデルタール人の食性、長年の謎をウジ虫が解明する可能性

長きにわたり、ネアンデルタール人は狩猟に長け、マンモスなどの肉を主食としていたと考えられてきました。しかし、近年の研究の進展により、彼らの食生活が豆類や甲殻類を含む多様なものであったことが明らかになりつつあります。それにもかかわらず、ネアンデルタール人の骨に残る化学的特徴は、ライオンやオオカミをも上回るほどの強力な肉食傾向を示唆しており、これは数十年にわたって研究者たちの間で大きな謎となっていました。この度、発表された新たな研究は、石器時代の食生活における意外な可能性を提示し、この謎に光を当てています。

長年の謎:ネアンデルタール人の骨に残る化学的痕跡

先史時代の人類の食生活を理解するため、研究者たちは窒素や炭素といった元素の同位体から得られる化学的兆候を分析します。これらの同位体は歯や骨の中に何千年にもわたって保存されます。特に注目されたのは、1990年代に北欧で発掘されたネアンデルタール人の骨の化石から検出された、非常に高い水準の「窒素15」という窒素同位体です。この高い窒素15レベルは、彼らの肉の消費量が現代の肉食動物に匹敵することを示唆しており、多様な食生活という新たな発見とは矛盾するように見えました。この矛盾が、長らく解決されない謎として残されていました。

ネアンデルタール人の骨の化石。彼らの食生活の謎をウジ虫食が解明する可能性ネアンデルタール人の骨の化石。彼らの食生活の謎をウジ虫食が解明する可能性

ウジ虫が鍵?新たな研究が示す意外な食料源

25日付の科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」に掲載された論文は、この謎に対する画期的な解答を提示しました。同論文の筆頭著者であり、米インディアナ州パデュー大学の生物人類学助教メラニー・ビーズリー氏は、腐敗した動物の組織を餌に成長するハエの幼体、すなわちウジ虫が、先史時代の主要な食材であった可能性を指摘しています。ビーズリー氏の研究は、ホモサピエンスや約4万年前に絶滅したネアンデルタール人など、先史時代の人間の骨から検出される特異な化学的特徴が、ウジ虫を食べていたと仮定すれば説明可能であることを突き止めました。

この発見は、論文の共著者である米ミシガン大学の人類学者ジョン・スペス氏が10年近くにわたり提唱してきた仮説を裏付けるものです。スペス氏は、腐敗した肉や魚が先史時代の食生活の主要な部分を占めていたと主張しており、この仮説は先住民族の食生活に関する民族誌的な記述に基づいています。スペス氏の研究では、腐敗した肉の方が新鮮な肉よりも窒素の濃度が高くなる可能性に着目しており、ネアンデルタール人の骨から検出される高い窒素レベルがこの点に起因するのではないかと見ていました。

ビーズリー氏も人体の分解過程に関する研究を通じて、腐敗する肉における窒素レベルを分析しました。その結果、人間の組織の窒素レベルが時間の経過とともに控えめにしか増加しないのに対し、ウジ虫に含まれる窒素レベルは格段に高いことを確認しました。この事実は、ネアンデルタール人や初期人類がウジ虫が混ざった動物肉を日常的に食べていた可能性が非常に高いことを示唆しています。ビーズリー氏によれば、ウジ虫に含まれる窒素レベルは現代の法科学においても、遺体の死亡時期を特定する際の参考にされているとのことです。

専門家の見解と研究の限界

英スコットランドのグラスゴー大学で先史考古学を研究するカレン・ハーディー教授は、ネアンデルタール人がウジ虫を食べていたという見方には説得力があるとしながらも、ウジ虫の痕跡が考古学的記録に残りにくいため、決定的に証明される公算は小さいと指摘しています(ハーディー教授はこの研究には関与していません)。

国連食糧農業機関(FAO)によれば、現在世界では少なくとも20億人が昆虫を伝統的な食材として食べていると推定されており、昆虫食は多くの文化において一般的な食習慣です。研究では歴史的記述を引用し、イヌイットなど多くの先住民族が、腐敗してウジ虫がわいた動物肉を非常に好み、これを窮乏をしのぐための食料とはみなしていなかったことを示しています。これは、ウジ虫食が過去の人類にとって自然な選択であった可能性を裏付けるものです。

一方、ビーズリー氏は、自身の研究が予備的なものであり、いくつかの制約があることを強調しています。具体的には、この研究の対象が少数の検体に限定されていること、人間の筋肉組織に焦点を当てており、ネアンデルタール人が狩っていた可能性のある動物の組織や臓器に着目していないこと、さらに遺体に発生したウジ虫が属する三つの異なる科が、約1万1000年前に終わった後期更新世に生息していたウジ虫と同じ種類ではない可能性があることなどが挙げられます。この他、石器時代の肉の保存に影響を与えたであろう気候や気温の多様なパターンが考慮されていない点も指摘されています。

今後の展望と新たな視点

ビーズリー氏は現在、アラスカ州の研究者と連絡を取り、先住民族による伝統的な食材の準備方法を共有したいと考えています。これは、それらの手法が窒素レベルにどのような影響を与えるのか、その知見を深めることを目的としています。

オランダのライデン大学のヴィル・ルーブルーク名誉教授(旧石器時代考古学)は、今回の研究について、石器時代の狩猟採集者がどのような食生活を送っていたのかを探る上で、非常に興味深い切り口を提示したと評価しています(ルーブルーク名誉教授も今回の研究には関与していません)。同氏は、「ネアンデルタール人及び後期更新世の人類の食生活に関して新鮮な(新鮮というのがこの場合にふさわしい言い回しだとして)展望を与えることは確実」と述べ、この新しい仮説が今後の研究に大きな影響を与えることを示唆しています。

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/articles/c045a393f5c4194c047b797ab06a8a0b282ac969