SNSでの投資詐欺など、犯罪に利用され凍結された銀行口座から現金を不正に引き出したとして、警視庁犯罪収益対策課は7月28日、東京都渋谷区のコンサルティング会社「スタッシュキャッシュ」社長、井上達雄容疑者(73)と実質的経営者の林竹千代容疑者(61)、そしてシステム関連会社「リクルタス」元代表の李小暢容疑者(37)ら3名を詐欺などの疑いで逮捕しました。この事件は、詐欺被害者への返金手続きを妨げる悪質な手口として注目されています。
詐欺凍結口座からの不正引き出し容疑で送検されるコンサル会社社長の井上達雄容疑者
逮捕容疑の全貌と巧妙な手口
逮捕容疑は、昨年8月に3名が共謀し、スタッシュ社がリクルタス社に650万円を貸し付けたと偽る虚偽の公正証書を銀座の公証役場で作成したものです。この虚偽の公正証書を東京地方裁判所に提出することで、スタッシュ社はリクルタス社の凍結口座に対する強制執行を認めさせ、約610万円を不正に引き出したとされています。リクルタス社の口座は、投資詐欺の被害金が入金された疑いがあり、すでに2024年3月に凍結されていました。
全国紙社会部記者によると、容疑者3名の認否は明らかにされていませんが、この手口は単発の事件ではありませんでした。スタッシュ社は2023年11月から2024年10月にかけて、同一の公証人に計8通もの公正証書を作成させており、同社が8社に対し総額4億円以上を貸し付けたという内容が記されていました。これらの証書では、数日以内に返済がなければ強制執行が可能となる条項が盛り込まれており、結果としてスタッシュ社は各社の口座から現金を次々と引き出していたといいます。
被害者救済を阻む悪質な行為
公正証書は、金銭の貸し借りなどを公証人が確認して作成する公的な書類であり、債務不履行の際には裁判手続きを経ずに迅速な債権回収が可能となるため、多くの企業で利用されています。しかし、今回の事件ではこの公正証書が悪用され、その結果、本来であれば凍結口座からだまし取られたお金を取り戻せるはずの詐欺被害者が、被害金を回収できなくなる事態に陥っていました。
実際に、被害者が「強制執行は不当」として訴訟を起こした結果、7月には東京地裁が「公正証書の内容は信用し難い」との判決を下しています。警察は、スタッシュ社が2023年以降、複数の会社名義の凍結口座から同様の手口で4億円以上を不正に引き出していたと見ており、捜査を進めています。
詐欺グループとの連携疑惑と今後の課題
事件に詳しいライターは、今回の不正引き出しが詐欺グループ自身が「稼いだカネ」を取り戻すために行われた可能性を指摘しています。通常、凍結口座の情報は容易には知り得ないものですが、これまでのケースでは、井上容疑者らが差し押さえようとした金額が口座の残高ぎりぎりであることが多く見られました。これは、詐欺グループからの情報提供なしには考えにくい状況です。警察は、李容疑者が詐欺グループとの仲介役となり凍結口座を「調達」、井上容疑者らが「解凍」を請け負い、引き出したカネを詐欺グループと分配していたと見て捜査を進めています。
2008年に施行された「振り込め詐欺救済法」により、警察の依頼を受けた金融機関は犯罪に使用された疑いのある口座を凍結し、被害者に資金を返還することが可能になりました。近年では口座凍結が早期に行われるようになっていますが、スタッシュ社の手口は、こうした対策をかいくぐろうとする犯罪者側の新たな動きとして浮上しました。警察が厳しく取り締まりを続けても、犯罪者はあの手この手で儲けようと画策することを止めません。今回の逮捕は、詐欺被害者の財産回復に向けた法執行機関の重要な一歩であると同時に、巧妙化する犯罪手口への継続的な警戒と対策の必要性を改めて示しています。