「働き方改革」の進展により、かつてのコンサル業界に蔓延していた過度な長時間労働や「ブラック体質」は薄れつつあります。しかし、この業界の真の「過酷さ」は、単なる肉体的な疲労に留まらないと、当時の状況を知る元コンサルタントは語ります。高額な報酬と引き換えに、コンサルタントは時にクライアント企業から「恨まれる」ような立場に置かれ、その中で細心の注意を払った行動が求められるのです。本記事では、元官僚であり、ボストン コンサルティング グループ(BCG)や経営共創基盤(IGPI)といった大手コンサルファームを渡り歩いた松本昌平氏の証言に基づき、コンサル業界の知られざる「精神的」な側面と、そこに潜むユニークな職業倫理に迫ります。
「企業再生」の最前線:時に「嫌われ役」となるコンサルタント
2005年に総務省に入省し、2013年に退官後、複数のコンサルティングファームで活躍した松本昌平氏(現在は「元官僚芸人まつもと」として活動)は、コンサルの仕事について「ありがたがられる一方で、恨まれることも日常的にある」と語ります。特にコンサルティングに不慣れな企業からは、「一体何をしに来たのか」という疑念の目で見られがちです。
コンサルタントが敢えて「嫌われ役」を演じることも少なくありません。これは、社内では立場上言いにくいような厳しい事実や改革案を、外部の人間として代わりに伝える役割を担うためです。その最たる例が、経営が傾きかけた企業に入り込み、リストラや事業の売却といった痛みを伴う改革を断行する「企業再生プロジェクト」です。これらの案件では、多くの場合、対象企業にデスクを借りて常駐し、時には遠隔地であればホテルに滞在して毎日通い詰めることになります。彼らは、企業の存続をかけた重大な局面で、厳しい決断を下す役割を担う専門家集団なのです。
高額報酬の裏側:なぜ「スタバのコーヒー」や「タクシー」がタブーなのか
企業再生案件の多くは、その企業に融資している金融機関からの依頼で始まります。「この会社を立て直してほしい」という要請を受け、コンサルタントは介入します。コンサルフィーは、クライアント企業から支払われますが、瀕死の状態にある企業が自発的に依頼することは稀で、多くはメインバンクなどの意向を受けて「渋々」支払う形になります。マネージャー1人にコンサルタント2~3人のチームで動くと、月額2000万円から3000万円もの報酬が発生することもあり、これはクライアント企業の社員の給与と比較して圧倒的に高額であることがほとんどです。
このような状況下で、コンサルタントには徹底した「謙虚さ」と「配慮」が求められます。松本氏が語る象徴的なエピソードは、「スターバックスのコーヒーを持って出社するのはやめろ」というパートナーからの忠告です。経営難に喘ぐ企業の社員にとって、スターバックスのコーヒーは日常的に飲むものではありません。自分たちが必死で工面したコンサルフィーが、コンサルタントの「贅沢な生活」に使われていると感じさせてはならない、という配慮です。
スターバックスのコーヒーを持つコンサルタントの姿、クライアントへの配慮を象徴
さらに、「パフォーマンスが出るところに時間を使え」というコンサル業界の鉄則から、移動時間を短縮するためにタクシーを頻繁に利用するのが一般的です。しかし、経営危機にある企業を訪問する際には、「タクシーを使うな」と指示されていたといいます。もし使わざるを得ない場合でも、「会社から一つ前の交差点で降りて、そこから歩いて行け」と指導されました。これもまた、クライアントに「彼らは贅沢な暮らしをしている」と思われないための徹底したイメージ戦略であり、厳しい要求を突きつける仕事だからこそ、信頼関係を損なわないための細やかな配慮が不可欠となるのです。
結論
コンサル業界は「働き方改革」により物理的な過酷さが緩和されつつあるものの、その仕事の性質上、クライアント企業との間に生じる独特の緊張関係や、時に「嫌われ役」を演じる精神的な負担は依然として存在します。高額な報酬を受け取る一方で、クライアントへの細やかな配慮や、質素な振る舞いを徹底するといったプロフェッショナルな姿勢が、コンサルタントには求められています。これは単なるマナーに留まらず、企業の命運を握るシビアな状況下で、信頼を築き、変革を成功させるための重要な要素なのです。コンサルタントの仕事は、単に戦略を提示するだけでなく、人間関係や心理戦をも含んだ多面的なものであることを、この事例は示唆しています。
参考資料
週刊新潮 2025年8月7日号掲載記事【短期集中連載最終回 コンサル業界の光と影 「ホワイト化」する働き方と「AI」全盛で将来に暗雲】より一部抜粋・編集。