夏ドラマ「しあわせな結婚」低視聴率の深層:難解なストーリーと視聴者トレンドの乖離

この夏、放送開始前から高い前評判を集めていたテレビ朝日系ドラマ「しあわせな結婚」(木曜午後9時)が、期待に反して視聴率の伸び悩みに直面しています。主演は現代を代表する実力派俳優の阿部サダヲ(55)、相手役には誰もが認める松たか子(48)を配し、脚本は著名な大石静氏が手掛けているにもかかわらず、なぜ視聴率は上昇しないのでしょうか。放送コラムニスト、ジャーナリストの高堀冬彦氏がその背景を分析します。

期待作の現状と具体的な視聴率推移

阿部サダヲ氏は演劇界出身ながら、日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を3度も受賞する実力を持ち、松たか子氏もキネマ旬報ベスト・テン主演女優賞をはじめ主要な映画賞をほぼ総なめにしてきた名優です。「しあわせな結婚」は、まさに日本を代表する名優二人の共演作として、その演技力には一切の非の打ちどころがありません。

しかし、現時点での視聴率は下降の一途を辿っています。7月17日に放送された第1回は個人視聴率4.5%(世帯8.5%)でしたが、翌週24日の第2回は個人3.6%(世帯6.6%)、そして31日の第3回では個人3.2%(世帯6.1%)と、残念ながら数字を落とし続けています。今年の夏ドラマ全体が低調な傾向にあるとはいえ、この大作ドラマの低迷は、テレビ業界全体にとっても見過ごせない問題となっています。

人気俳優の阿部サダヲと松たか子が共演する夏ドラマ「しあわせな結婚」人気俳優の阿部サダヲと松たか子が共演する夏ドラマ「しあわせな結婚」

視聴率低迷の主要因:物語の「難解さ」

視聴率が伸び悩む第一の理由として考えられるのは、その物語が「やや難解」である点です。本作のキャッチコピーは「夫婦の愛を問うマリッジ・サスペンス」であり、推理劇である以上、物語が多少複雑になるのは致し方ありません。しかし、このドラマの謎解きは、一筋縄ではいかない特性を持っています。

近年のドラマ視聴の傾向として、質の良し悪しに関わらず、視聴者が「分かりやすい」物語を好む傾向が顕著です。この「しあわせな結婚」が序盤で苦戦しているのは、こうした視聴者の嗜好と合致しないためだと考えられます。例えば、TBSの日曜劇場を例にとると、人生や幸福の意味を深く考えさせるやや難解な設定だった2024年秋ドラマ「海に眠るダイヤモンド」の第3回は個人視聴率4.3%(世帯7.0%)でした。一方、テレビニュースの仕組みを中学生にも分かりやすく描いた2025年春ドラマ「キャスター」の第3回は個人6.7%(世帯10.9%)と、その差は歴然です。この傾向は他の多くのドラマにも当てはまる、現代のテレビ視聴トレンドを示唆しています。

視聴者の離脱を招く「未解決の謎」

「難解さ」の基準は人それぞれですが、「しあわせな結婚」が明確に「分かりやすい」ドラマではないことは確かです。回を追うごとに新たな謎が増え、それが解決されないまま物語が進展していく構造は、「海に眠るダイヤモンド」とは異なる形で視聴者に思考を促します。ぼんやりと気軽に視聴するには不向きなドラマと言えるでしょう。

第3回までが終了した現時点でも、第1回で提起された重要な謎が未解決のまま積み残されています。高校の美術講師である鈴木ネルラ(松たか子)と、タレント弁護士としても活躍する原田幸太郎(阿部サダヲ)の出会いが、単なる偶然だったのか、それとも何らかの意図があったのかという点です。物語はこれに明確に言及することなく、サラリと流してしまっています。これは作り手の意図的な演出かもしれませんが、視聴者にとっては消化不良となり、物語への没入感を妨げる要因となり得るでしょう。15年前の婚約者殺人事件の容疑がかかっているネルラが、足の血栓で入院中の原田と病院のエレベーターで偶然出会うという設定は、物語の核心に関わる部分でありながら、その背景が十分に説明されていない点が、視聴者の疑問を解消しないまま物語を進行させています。

結論

ドラマ「しあわせな結婚」の視聴率低迷は、主演俳優陣の類稀な実力や著名な脚本家の手腕をもってしても、物語の「難解さ」が現代の視聴者の「分かりやすさ」を求める傾向と合致しなかった結果と言えるでしょう。視聴者が気軽に楽しめるエンターテインメントを求める中で、謎が積み重なり、解決が遅れるストーリー展開は、一部の視聴者にとっては深く考えさせる魅力となり得ますが、多くのライトユーザーにとっては離脱の原因となりかねません。これは、日本のテレビドラマ制作において、芸術性と大衆性のバランスをいかに取るかという、普遍的な課題を改めて浮き彫りにしています。今後の展開で、物語がどのように視聴者を引き込み、謎を解き明かしていくのか、その手腕が注目されます。


参考文献