兵庫県政を巡る異常な事態が、いま大きな波紋を呼んでいる。「#時事通信記者を守れ」というハッシュタグがSNS上で広がりを見せる中、知事の記者会見で質問をした記者が、その後に相次ぐクレームにより担当を外されるという前代未聞の出来事が明らかになった。これは、地方自治体の情報公開と報道の自由に対する深刻な挑戦として、各方面から注目されている。
涙の告白:記者が訴えた「県政担当外し」の背景
この騒動の発端は、7月29日に開催された兵庫県知事の定例会見で、時事通信の女性記者が行った涙ながらの訴えだった。彼女は、前週の会見での質問が原因で会社にクレームが殺到し、県政担当を外れることになったと明かした。「記者が会見で質問をして即日炎上し、翌日には配置換えが決まる。そういうことが兵庫県では起きるのです」と、その異常性を訴えた。
さらに記者は、このような状況が「成功体験」となり、インターネット上の攻撃が兵庫県に集中し、記者や職員、議員が萎縮する可能性を指摘。斎藤元彦知事(47)が推進する「風通しのいい職場作り」が、この事態によって果たして実現するのか、そしてそれが「まともな県政運営につながるのか」と、知事の姿勢を強く問い質した。
物議を醸した「給与返納」質問の経緯
問題となったのは、時事通信の女性記者が7月22日の会見で、故人となった元西播磨県民局長の給与返納について質問した内容だった。記者は、過去に懲戒処分を受けた職員が返納額を自身で決定した例や、県や職員ではない第三者が示した額で返納した例があるのかを知事に問いかけた。その上で、住民訴訟で原告が提示した「根拠があいまいな額」で給与返納を受けたことについて、「今後禍根を残すのではないか」と苦言を呈した。
この給与返納問題は、今年2月から3月にかけて兵庫県の住民が元県民局長の遺族に対し、給与の一部を県に返還するよう求めた住民監査請求から始まった。しかし、県はこの請求を棄却。これを受けて、5月には県内の住民が、独自に算定した62万5000円を遺族に返還させるよう県に求める住民訴訟を神戸地方裁判所に提起するに至っていた。
曖昧な算定基準:200時間問題の論点
兵庫県知事斎藤元彦氏の記者会見で質問を行う時事通信の女性記者。この会見での質疑が発端となり、記者は後に担当を外され、ネット上で大きな議論を巻き起こした。
地元紙の記者によると、住民訴訟で提示された62万5000円という金額は、昨年5月に県が発表した元県民局長の懲戒処分理由、「14年間で計200時間程度、勤務中に公用パソコンで私的文書を作成した」という内容に基づいて算定されたものと見られている。しかし、この「200時間」という数字の正確性については、明確な根拠が示されていない点が指摘されている。
地元紙記者は、「200時間がどれだけ正確な数字なのか、はっきりしていません」と述べ、この曖昧な算定基準が、今後の法的な争いや県民の信頼に影響を及ぼす可能性を示唆している。記者の質問は、この給与返納の背景にある透明性の欠如と、その後の県政運営への影響を懸念するものであった。
報道の自由とネット世論の影響
今回の時事通信記者の異動騒動は、日本の地方自治体における報道の自由と、インターネット世論がジャーナリズムに与える影響という、より広範な問題提起を含んでいる。記者が正当な質問をした結果として配置換えされるという事態は、他の記者やメディアが権力に対して批判的な視点を持つことを躊躇させる「萎縮効果」を生み出す恐れがある。
また、特定の記者の質問が即座にネット上で「炎上」し、それが現実の職務への影響にまで発展するという構図は、情報の信頼性や多角的な視点よりも、感情的な反応や集団的攻撃が優先されかねない危険性を示している。兵庫県政の透明性を確保し、住民への説明責任を果たすためには、独立した報道機関による自由な情報発信が不可欠である。今回の騒動は、その基盤が脅かされている現状を浮き彫りにした。
結び
時事通信記者の異動問題は、単なる一地方の出来事に留まらず、報道の自由、行政の透明性、そしてデジタル時代の世論形成のあり方という、現代社会が抱える重要な課題を私たちに突き付けている。県民の知る権利が保障され、健全な民主主義が機能するためには、記者たちが萎縮することなく、正当な疑問を投げかけられる環境が何よりも重要である。この問題が、兵庫県政、ひいては日本のジャーナリズムと地方自治の健全な発展に向けた議論のきっかけとなることを強く期待する。
参考文献: