日本アニメのアーカイブ資料が新たな観光資源に:訪日客を惹きつける「お宝」の可能性

近年、世界中で日本アニメの人気がかつてないほど高まっています。これに伴い、訪日観光客の間では、作品の舞台を巡る「聖地巡礼」や関連グッズの購入といった需要が拡大していますが、いま新たに注目を集めているのが、作品制作時に使用されたセル画、原画、企画書などの「アーカイブ資料」です。これら過去作品の貴重な「中間生産物」を約5万点所蔵する「アニメ東京ステーション」を訪れ、国産アニメが持つ観光資源としての秘められた可能性を探ります。

アニメ東京ステーションで触れる“手作業の魅力”

2025年7月のある平日午後、東京・池袋に位置する「アニメ東京ステーション」は、多くの訪日観光客で賑わいを見せていました。彼らが熱心に見入っていたのは、かつて人気を博したアニメ作品の原画、セル画、絵コンテ、そして設定資料です。この施設は、日本アニメのアーカイブ資料を約5万点も所蔵しています。特に目を引いたのは、展示されていた『人狼 JIN-ROH』のセル画でした。これを見学していた米国人の高校生グループからは、「とてもクール!」といった感嘆の声が次々と上がりました。

その中の一人、米テキサス州出身のジェシカさんは、「手作業で作られていた時代のアニメ制作過程を見るのは初めてです。このような資料を米国で見る機会は滅多にないので、本当に素晴らしい体験だと思います」と興奮気味に語りました。デジタル化が進む現代において、手描きによるアニメ制作の過程を垣間見せるこれらのアーカイブ資料は、訪日観光客にとってまさに「お宝」としての価値を持ち始めています。

東京・池袋のアニメ東京ステーションにてセル画や原画などのアニメ中間生産物を鑑賞する外国人観光客東京・池袋のアニメ東京ステーションにてセル画や原画などのアニメ中間生産物を鑑賞する外国人観光客

日本アニメの世界的躍進がインバウンドを牽引

日本アニメは今、世界市場で目覚ましい快進撃を続けています。アニメ制作会社などが加盟する業界団体である日本動画協会が2024年12月に発表した「アニメ産業レポート」によると、2023年の日本アニメ市場規模は3兆3465億円に達し、過去最高を記録しました。この成長の大きな原動力となっているのは、海外での売上拡大です。同レポートによれば、「海外展開」の市場規模は、配信需要の増加などにより前年比18%増の1兆7222億円に上り、日本アニメ市場全体の実に半分以上を占めています。今後も国内を上回る成長が見込まれており、その勢いは止まることを知りません。

日本アニメの世界的な人気は、訪日観光客の動向にも顕著な影響を与えています。2024年に東京都を訪れた外国人旅行者数は2479万人、その観光消費額は3兆9625億円と、こちらも過去最高を記録しました。東京都の調査によれば、訪日目的として「アニメ漫画関連の商品を買う」と回答した人は27.9%(約689万人)、「アニメ関連のイベントに参加する、ゆかりの地を訪れる」と回答した人は9.9%(約244万人)と、高い割合を示しています。これは、アニメが観光誘致において極めて強力なコンテンツであることを裏付けています。

政府・東京都の戦略とアーカイブ事業の要衝

こうした状況を踏まえ、経済産業省は2025年3月、アニメやマンガといった日本のコンテンツ産業を、半導体や鉄鋼に匹敵する基幹産業と位置づけ、世界市場での競争力強化に向けた戦略的な取り組みを進める意向を表明しました。東京都も、都政の長期的な指針をまとめた「2050東京戦略」の中で、アニメなどの魅力を磨き上げ、観光都市としての国際競争力を強化することを明確な目標として掲げています。

そのための戦略の一環として、2023年10月に東京都が開設したのが「アニメ東京ステーション」です。この施設では、『鉄腕アトム』や『電脳コイル』など約120作品のセル画や原画、設定資料、さらには実際に使われていたトレスマシンといった、アニメ制作に関連する多様な素材や機材を約5万点保管・展示しています。かつてアニメが手作業で制作されていた時代には、一つの作品から膨大な量の中間生産物が発生し、制作会社の中にはその管理や保存に苦慮するところも少なくありませんでした。そこで東京都は、日本動画協会と協力し、アニメ関連資料の保存事業を開始しました。

このアーカイブ事業が、アニメ関連の資料を目玉とした観光施設を設立するきっかけの一つになったと、東京都観光部の担当者は説明します。「アニメはかつて手描きで一枚一枚コマ撮りされていましたが、今はデジタル化が進んでいます。そうした中で、当時の原画やセル画はファンにとっての“お宝”になりつつあり、観光のリソースになると考えました」。これに加え、「コロナ禍からのインバウンド回復期に、日本が誇る産業文化であるアニメの魅力を発信することで、海外アニメファンの受け皿となる新たな拠点を作る」という狙いもあり、アニメ東京ステーションが設立されました。同施設の運営は日本動画協会が担っています。

結び

日本アニメのアーカイブ資料は、単なる歴史的価値に留まらず、訪日観光客にとって新たな魅力を創出する貴重な観光資源としての可能性を秘めています。手作業によるアニメ制作の背景や、クリエイターの情熱を肌で感じられるこれらの資料は、デジタルコンテンツが主流の現代において、独特の感動と深い洞察を提供します。政府や東京都が推進する観光戦略の中核を担う「アニメ東京ステーション」のような拠点がさらに増えることで、日本アニメはインバウンド需要を一層喚起し、日本の文化的なソフトパワーと経済的競争力を強化する上で、極めて重要な役割を果たしていくことでしょう。アニメ産業の未来は、過去の「お宝」から新たな価値を創造する可能性に満ちています。