アメリカ民主主義の変貌と日本の視点:テクノロジーが切り開く新時代か、それとも専制か

ドナルド・トランプ前大統領によるハーバード大学への攻撃、特に助成金の打ち切りや留学生の入国制限政策は、多くの留学生を当局による拘束の恐怖に陥れています。こうした動きに対し、アメリカ政治研究者の三牧聖子氏は、戦後80年間アメリカの力の源泉であったものが破壊されていると指摘します。哲学者である李舜志氏と共に、本記事では終わりゆくアメリカの現状と、新たな可能性を探る世界の潮流について深く掘り下げていきます。特に、テクノロジーが民主主義に与える影響と、日本がこのグローバルな変化をどのように捉えるべきかについて考察します。

台湾発「Pol.is」が示す対立解消の道筋

李舜志氏が著書で紹介している台湾発のテクノロジー「Pol.is」は、意見の対立を乗り越え、合意形成を可視化する画期的なツールです。台湾ではUber導入時の議論に用いられ、「賛成」「反対」「どちらでもない」という意見に加え、新たな論点を投入することで、異なる意見を持つグループ間でも「ここでなら妥協できる」という共通点を見出すことが可能になります。これはウェブ上で無料で利用でき、国会レベルでの実用化が困難でも、学校の自治会や企業の会議など、日常生活の場で「対立する者同士が歩み寄るポイントを見つける」体験を共有するのに役立ちます。李氏は、このような経験の共有が「分断を煽り、敵を糾弾する」動きや、「信者を使って気に入らない人物を追い込む」ような行為に対する「免疫」になると、ささやかな希望を抱いています。三牧聖子氏も、オードリー・タン氏のような社会運動出身者ならではの「目の前の現実的な問題をどう解決するか」という発想だと評価しています。

シリコンバレー富裕層と「テクノ専制」の現実

ドナルド・トランプ前大統領がハーバード大学への攻撃を語る様子。アメリカの教育機関と民主主義の未来に関する議論を象徴するイメージ。ドナルド・トランプ前大統領がハーバード大学への攻撃を語る様子。アメリカの教育機関と民主主義の未来に関する議論を象徴するイメージ。

アメリカ、特にシリコンバレーの富裕層は、草の根的な社会運動への関心が薄く、むしろマイノリティの進出を疎ましく思うマジョリティ側に立つ傾向が見られます。彼らは巨額の資金を武器に、自身に都合の良い政治家を後押しし、政府権力に接近しています。その代表例が、トランプ政権に深く関与したイーロン・マスク氏です。彼は政府効率化省(DOGE)のトップとして連邦政府の予算削減を推進し、その手始めにNASAの部署や人員を削減し、代わりに自身のスペースXを組み込むといった、明らかな利益相反行為を公然と行いました。

彼らはしばしば「人類」を語る一方で、地球温暖化問題のような、実際に人類を危険にさらしている現実の問題には関心を示しません。それどころか、「地球に住めなくなったら火星に行けばいい」と言い放つような、選民主義的な思想が見られます。彼らが追求しているのは、「人類を誰も取りこぼさず救うために、皆の住処である地球をどう保全するのか」という普遍的な救済計画ではなく、「住めなくなった地球は捨てて、選ばれた自分たちだけをどう救うか」という、限定された救済計画なのです。マスク氏が真っ先に解体を進めた機関の一つが、途上国でHIV対策や食糧・水支援を通じて多くの命を救ってきた人道支援の中核であるUSAIDだったことは、彼が現実世界で苦しむ「人類」には関心がないことを象徴しています。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏のように、これらの動きに抗議し、財産の大半を人道支援に使う富裕層も存在しますが、ゲイツ氏よりも若い世代の富裕層には、公共意識を偽善としても見せることさえせず、「自分の金は自分の利益や野心の追求のために使って何が悪い」という態度が散見されます。

欧米中心主義の再考とアジアの台頭

こうしたアメリカの現状を目の当たりにすると、「民主主義でもテクノロジーでも欧米が頂点で、どうやって欧米に近づくか?」という、これまで自明の前提とされてきた議論の根本的な再考が求められます。トランプ氏が当選した2016年頃から、欧米では民主主義やリベラリズムの限界がいよいよ意識されるようになりました。しかし目を非欧米に転じれば、ちょうどその頃に台湾ではオードリー・タン氏が政府に入り、デジタル民主主義を強力に推進していったのです。

テクノロジーのあり方、そして民主主義のあり方においても、台湾は今後、世界の新たなモデルとなり得ると三牧氏は示唆します。李舜志氏も、テクノロジーによって膨大な富を築いた人々が政治を利用して稼ぐ「テクノ専制」の到来を指摘し、リベラルデモクラシーのリーダーを自称していたアメリカが、民主主義を否定するような行動に出ている現状は驚くべきものだと述べています。

「圧力こそがダイヤモンドを生む」:周縁国の挑戦

アメリカが民主主義の価値や機能への信頼を失いつつある中で、それと交代するかのように台頭しているのが、台湾、エストニア、ウクライナ、アイスランドといった周縁の小国群です。これらの国々は今、「テクノロジーを使って、いかに民主主義をアップデートしていくか」という方向に舵を切っています。

オードリー・タン氏は李舜志氏との対談で「圧力こそがダイヤモンドを生む」という詩的な表現を用いました。台湾は中国からの政治的圧力を受ける中で、「オープンで透明性のあるガバメント」という枠組みを選択せざるを得ませんでした。また、エストニアはソ連崩壊後、既存のシステムが全く使えないまっさらな状態から出発せざるを得なかったため、そこでテクノロジーを活用し、旧ソ連とは異なる民主主義的な仕組みを構築する必要に迫られたのです。これらの事例は、外部からの強い圧力が、かえって革新的な民主主義モデルの構築を促す原動力となり得ることを示唆しています。

結論

トランプ政権下の米国における民主主義の変容、そして一部の富裕層による「テクノ専制」の台頭は、既存の政治・社会システムの限界を浮き彫りにしています。しかし、その一方で台湾、エストニアといった小国群が、テクノロジーを積極的に活用し、開かれた対話と透明性の高いガバナンスによって、新しい民主主義のあり方を模索している事実は、希望の光を示しています。これは、「欧米が民主主義の頂点である」という固定観念を打ち破り、非欧米諸国が世界のモデルとなり得る可能性を提示するものです。日本にとっても、このような国際的な潮流を理解し、今後の世界情勢における自国の立ち位置と役割を再考する上で、極めて重要な示唆を与えるでしょう。

参考文献