1998年の上皇ご夫妻訪英:元捕虜が示した「許すが、忘れぬ」日英関係の歴史

戦後80年が間近に迫る中、日本の皇室と英国王室の間に築かれてきた関係は、時代と共に変化してきた両国の絆を象徴しています。特に1998年、当時の天皇皇后両陛下(現在の上皇ご夫妻)が国賓として英国を訪問された出来事は、日英関係の歴史において深く記憶される一幕となりました。この歴史的な訪問は、両国間の複雑な過去と、和解への道のりを浮き彫りにするものでした。

1998年の上皇ご夫妻訪英と元捕虜たちの静かな抗議

1998年、天皇皇后両陛下(当時)は英国王室からの招きを受け、国賓として英国を訪れました。ロンドンの中心を貫く「ザ・マル」大通りを馬車で進むご夫妻を一目見ようと、沿道には多くの人々が詰めかけ、その中には英国在住の日本人や、様々な思いを抱く英国市民の姿がありました。ご夫妻が乗られた華やかな馬車が近づき、美智子さま(当時皇后陛下)が窓から顔を寄せ、沿道の人々に優しく手を振られる光景は、多くの人々の心に深く刻まれました。

1998年の英国訪問時、エリザベス女王夫妻と並ぶ上皇ご夫妻(当時天皇皇后両陛下)。日英関係の象徴的な一枚。1998年の英国訪問時、エリザベス女王夫妻と並ぶ上皇ご夫妻(当時天皇皇后両陛下)。日英関係の象徴的な一枚。

その穏やかな光景の中、突如として衝撃的な行動が起こりました。それまで静かに談笑していた10人ほどの英国人高齢男性たちが、突然馬車に背を向け、一斉に真っ赤な手袋をはめた拳を空に突き上げたのです。彼らは軍服に勲章をつけ、ベレー帽をかぶっており、一言も発することなく、その拳に全ての感情を込めているようでした。この無言の抗議を行ったのは、第二次世界大戦中に旧日本軍の捕虜となり、当時のビルマ(現ミャンマー)などで過酷な強制労働に従事させられた元捕虜たちでした。彼らは劣悪な環境下でマラリアや事故に苦しみ、多くの仲間を失うという凄惨な日々を経験しました。生き残った彼らは、「forgive, but never forget(許すが、決して忘れない)」という強い合言葉を胸に、日本政府に対し謝罪と賠償金を求め続けていたのです。

「許すが、決して忘れない」和解への道のり

元捕虜たちの静かな抗議は、戦後の日英関係がたどってきた複雑な道のりを改めて浮き彫りにしました。この出来事から遡ること27年前、1971年に昭和天皇が英国を訪問された際、エリザベス女王は晩餐会のスピーチで率直に「過去に日英の関係がいつも平和であったわけではありません」と述べられました。しかし女王は続けて、「しかし、その経験こそが二度と同じことが起こってはならないと誓わせるものなのです」と、未来志向のメッセージを発信しました。この歴史的なスピーチが示すように、終戦後、日英両国は互いに戦争の深い傷を癒し、新たな関係を構築することに注力してきました。

1998年の上皇ご夫妻の訪英は、こうした和解への努力が続く中で起こった出来事であり、過去の記憶が現在にも深く影響を与えていることを示しました。元捕虜たちの行動は、個人の痛みと歴史的記憶の重要性を訴えかけるものでしたが、同時に、両国が過去を乗り越え、より良い未来を築くための対話を続ける必要性を再確認させる機会でもありました。

結び

1998年の上皇ご夫妻の英国訪問とそれに伴う元捕虜たちの行動は、日英関係の複雑な歴史の一端を物語っています。それは、戦争の記憶が世代を超えて受け継がれること、そして真の和解には痛みを伴う歴史に誠実に向き合うことが不可欠であることを示唆しています。両国の皇室と王室が果たしてきた役割は、こうした歴史の困難な局面において、対話と理解の架け橋となるものでした。今後も、過去から学び、互いを尊重する姿勢を保ちながら、日英関係がより深く、安定した絆を育んでいくことが期待されます。


参考文献: