「アメリカを再び偉大に」を掲げるドナルド・トランプ前大統領の熱狂的な支持者、通称「MAGA派」。彼らは「ディープ・ステート(闇の政府)」打倒を目標に、様々な陰謀論を信奉してきました。しかし、近年、その陰謀論がトランプ氏自身に「ブーメラン」のように跳ね返り、支持層内部に動揺が広がっています。特に注目されるのは、金融家ジェフリー・エプスタイン氏を巡る一連の問題が、この「ブーメラン現象」の引き金となっている点です。
エプスタイン事件とMAGA派の期待
アメリカの富豪ジェフリー・エプスタイン氏は、少女への性的虐待や売春あっせんなどの罪で起訴され、2019年に拘置所内で死亡しました。この突然の死は、当時から多くの憶測や陰謀論の温床となっていました。特にMAGA派の間では、エプスタイン氏がクリントン元大統領や多くの著名人と交流があったことから、「口封じのために殺害された」という陰謀論が広く信じられました。さらに、「顧客リストには超大物の名前が含まれており、それが世界を牛耳る『ディープ・ステート』の実態を暴く鍵となる」と期待され、支持者の間で大きな関心を集めていました。
ドナルド・トランプ前大統領と、彼を熱狂的に支持するMAGA派のシンボル。エプスタイン事件を巡る陰謀論が支持層の動揺を招いている様子を表す。
トランプ氏の態度急変と支持層の動揺
ところが、2023年7月上旬、米司法省がエプスタイン氏が口封じのために殺害されたとする陰謀論や、疑惑の顧客リストの存在を明確に否定しました。これに対しトランプ氏は「デマだ。民主党に仕組まれた大きなデマで、一部の愚かな共和党員が罠にはまった」と発言。自身の主張に追随してきた支持者たちを「愚かな共和党員」と切り捨てるような言動を見せ始めました。
さらに、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、トランプ氏がエプスタイン氏の誕生日に書いたとされる手紙の存在を報じたことで、事態は一層複雑化します。この報道は、これまで熱心にトランプ氏を支持してきた人々の中から、彼に反対する「反転アンチ」が急増するきっかけとなりました。かつて自らが陰謀論を利用して支持を拡大したトランプ氏が、今やその陰謀論によって追い込まれるという皮肉な状況が生まれているのです。アメリカの調査会社ギャラップの世論調査によると、トランプ大統領の支持率は37%と低迷しており、第2次政権発足後半年間で最低を記録しています。共和党支持層からは依然として高い支持を得ているものの、その動向には注視が必要です。
専門家が解説するQアノンとトランプ氏の関係性
ニュース番組『ABEMAヒルズ』のコメンテーターであり、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏は、現状のアメリカにおけるQアノンとトランプ氏の関係性を以下の3つのポイントで解説しています。
Qアノンとは何か?その支持構造
前嶋教授によると、トランプ氏支持者の一部であるQアノンは、「Q」と呼ばれる謎の人物が世界を救うという物語を信じています。彼らにとってトランプ氏は正義の味方であり、この「Q」こそがトランプ氏自身、あるいは彼を通じて世界を救う人物だと認識されています。この強固な信念体系が、Qアノンの支持基盤を形成しています。
トランプ氏の発言がもたらした影響
しかし、トランプ氏がエプスタイン問題について「こんなものはもう終わっている。全然問題ない。エプスタイン氏は勝手に自殺した。顧客リストなどない」と発言したことで、Qアノンの一部に動揺が走りました。彼らは、「おかしい。影の政府がトランプ氏に影響を与え、彼を変えているのではないか」と疑念を抱き、先導的なインフルエンサー的な陰謀論者たちがこの動きをさらに大きくしています。
支持率への影響と今後の展望
ギャラップの世論調査では、トランプ氏の全体支持率は37%ですが、共和党支持層に限定すると、半年間で91%から89%へとわずかに低下したに過ぎません。前嶋教授は、この程度の低下ではトランプ氏にとって「痛くはない」と分析します。アメリカでは共和党と民主党がそれぞれ国民の約3割を占め、党派性が強いほど選挙に行く傾向があります。そのため、一部の無党派層の動向よりも、コアな支持層の維持が重要であり、現時点ではトランプ氏の支持層が完全に割れたとは見ていない状況です。
ジェフリー・エプスタイン氏を巡る議論と、それがドナルド・トランプ氏およびQアノンに与える複雑な影響を示す図。
結論
ドナルド・トランプ前大統領の支持基盤を揺るがす「エプスタイン問題」は、陰謀論が逆説的に発信者本人に影響を与える「ブーメラン現象」を浮き彫りにしています。自身の言動が支持層に混乱をもたらし、一部の熱狂的な支持者が「反転アンチ」と化すという複雑な状況です。専門家の見解では、現時点での支持率への大きな打撃は限定的とされますが、アメリカ政治における情報戦と世論の動向は、今後も予測困難な要素をはらんでいます。
参考資料
- ABEMA TIMES: 熱狂的支持“MAGA派”がトランプ氏を批判?『エプスタイン氏をめぐる陰謀論』にトランプ氏がまさかの“切り捨て”発言…陰謀論のブーメランがトランプ氏を追い込む皮肉な状況に
- Yahoo!ニュース: 熱狂的支持“MAGA派”がトランプ氏を批判? (2025年8月14日掲載)
- ウォール・ストリート・ジャーナル (Wall Street Journal) 報道
- ギャラップ (Gallup) 世論調査