■ 偶然ではない予兆
10月17日、ホワイトハウスで行われたトランプ前大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談は、
単なる外交儀礼ではなかった。前日の「トランプ=プーチン2時間通話」を踏まえれば、
この会談は予定された展開であり、次の幕の始まりだったといえる。
トランプ氏は会談中、「プーチンは合意を望んでいると思う」と述べた。
その一言が、ホワイトハウスの空気を静かに変えた。
ゼレンスキー氏にとって、対話の相手は単なるアメリカの大統領ではなく、
数時間前に“敵”プーチンと語り合った人物でもあった。

■ 階段で交わる「力」と「生存」
午前9時、ワシントン。
ホワイトハウスの扉が開き、ゼレンスキー氏がグレーのスーツ姿で姿を現した。
トランプ氏は笑みを浮かべ、長い握手で主導権を誇示する。
トランプ氏「あなたは強いリーダーだ。多くを耐えてきた」
ゼレンスキー氏「我々は平和を求める。しかし、生き延びる権利を守らねばならない」
この短い言葉の中に、両者の立場の違いが凝縮されていた。
アメリカは「力」を語り、ウクライナは「生存」を訴える。
その構図は、交渉者と被交渉者の境界線を鮮明に映し出した。
■ 閉ざされた扉の内側
オーバルオフィスに入ると、形式的な挨拶は終わり、現実的な議題に移った。
ゼレンスキー氏はトマホーク・ミサイルの供与を求め、戦局を変える武器を訴えた。
しかしトランプ氏は慎重な姿勢を崩さなかった。
「我々の備蓄を減らしたくない。別の方法で合意できるはずだ」
会談後、トランプ氏は記者団にこう語った。
「私はプーチンと話した。彼も合意を望んでいる。武器ではなく対話で道を探るべきだ」
ゼレンスキー氏は短く応じた。
「人々を救うための対話なら、我々はいつでも応じる」
その言葉は穏やかだが、警戒の色を隠さなかった。

■ 終幕 疲れた笑顔と交わらぬ視線
会談は静かに終わった。
文書も声明もなく、わずかな笑顔とカメラのフラッシュだけが残った。
トランプ氏が部屋を出た後、ゼレンスキー氏は記者にこう述べた。
「率直で必要な対話だった。アプローチの違いはあるが、協力の道は続くと信じている」
AP通信は「トマホーク供与は見送られた」と報じ、
ガーディアン紙は「トランプ氏は“勝利”よりも“平和”を重視している」と評した。
しかし、それはキエフが望む形の平和ではない。
■ 「ブダペスト劇」の最終幕
この一連の動きは“トランプ流外交”の典型である。
プーチンとの通話が序章なら、ゼレンスキー会談はそのクライマックスだった。
トランプ氏は「ウクライナへの敬意」と「武器なき平和」という
相反する二つのメッセージを同時に発した。
それは交渉人の二面性であり、商人の直感でもある。
強く語り、柔らかく譲る――政治というよりは取引の感覚だ。

■ 平和という名の取引
トランプ氏にとって、平和は理念ではなく契約である。
そして契約には常に「細かい文字」がある。
ゼレンスキー氏はそれを理解しながらも、退くことはできない。
この会談は和平を生まなかったが、地政学の力学を再び「取引の場」へと戻した。
■ 欧州の不安 他人の戦場で支払う代償
この変化を最も懸念しているのはヨーロッパである。
ブリュッセルもベルリンも、トランプ氏の「平和」という言葉の裏に
アメリカの撤退の気配を感じ取っている。
EU外交官は語る。
「もし米国がロシアとの取引に向かえば、欧州は自らの安全保障を担わなければならない」
1945年のヤルタ会談のように、
欧州不在のまま世界地図が再び描き替えられる恐れがある。
それが欧州の最大の不安だ。
■ 結論 グローバルゲームの招かれざる観客
結局、この新たな地政学の盤上に残ったのは
トランプ、プーチン、ゼレンスキーの三人。
そしてEUは、多額の支援を行いながら発言権を持たない観客に過ぎない。
ホワイトハウスの幕が閉じた今、
世界の平和はドルで値付けされ、ユーロでは語られない。
文責:南アキラ(政治アナリスト/JP24H.com)
出典:AP通信、The Guardian、Washington Post、Axios(2025年10月17日)