NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、第98話で主人公・嵩(北村匠海)と伸子(今田美桜)が互いの秘密を打ち明け、新たな人生のスタートを切ってから7年後の1960年を迎えました。これは、嵩のモデルであるやなせたかしのクリエイター人生において、最初の大きな転機となる年です。漫画家一本で生計を立て始めた嵩と、家計を支える大黒柱となった伸子。時代が「男は外で働き、女は夫を支える」という価値観を抱く中、二人の関係性と責任は大きく変化しました。
嵩と伸子の絆:秘密を乗り越え、夢を育む7年
かつて秘密を抱えていた二人ですが、互いの告白を聞いても、ただ穏やかに笑い合った姿が印象的でした。特に伸子が秘書を解雇された際の嵩の反応は、焦りを一切見せず「お先真っ暗だね」と呟きながらも、どこか安心しているようでした。伸子の仕事が変わっても「漫画を描き続けてほしい」という言葉に、嵩は良い意味で甘える覚悟を決めたかのようです。経済的な状況よりも「夢」を優先する彼らの選択は、暗い部屋で漫画を描く嵩と、それを温かく見守る伸子の幸せな姿に表れていました。
NHK朝ドラ『あんぱん』北村匠海演じる嵩と今田美桜演じる伸子の象徴的な場面
漫画家・嵩の転機:ミュージカル舞台美術への挑戦
7年の時が経ち、1960年。漫画家仲間が次々と売れていく中、嵩はなかなかヒット作に恵まれませんでした。そんな時、六原永輔(藤堂日向)といせたくや(大森元貴)が柳井家を訪れ、嵩にミュージカルの舞台美術を依頼したいと持ちかけます。これは、嵩が上京し、デザイナーや漫画家として活動を始めて12年、一つ一つ丁寧に取り組んできた仕事が、ようやく実を結び始めた瞬間でした。しかし、当の嵩は「やったことがない」「自信がない」と消極的な様子。「たっすいがーはいかん(弱気ではダメだ)」と、その背中を押すのは伸子の役目です。史実のやなせたかしもこの頃、漫画以外の仕事を通して様々な分野の天才と出会い、それが後の『アンパンマン』誕生とアニメ化へと繋がっていきます。
『見上げてごらん夜の星を』:運命を変える出会いと名曲誕生の兆し
まずは第一歩として舞台練習の見学に向かった嵩は、六原永輔の強烈な個性に面食らいます。独特の雰囲気と跳ねるような口調からは、いせ以上に風変わりな人物像が伝わってきました。初対面で「このミュージカルに一切を捨てて、取り組んでください」と言われたら、誰もが戸惑うでしょう。しかし、この三人が生み出すミュージカル『見上げてごらん夜の星を』のテーマ曲は、後に坂本九が歌唱し、日本を代表する歌謡曲となるのです。この舞台美術の仕事こそが、嵩の運命を大きく変えていくことになるでしょう。
朝田三姉妹それぞれの道:独立と模索の人生
嵩が足踏みしながらも新たな道を進む一方で、朝田三姉妹もそれぞれの人生を歩んでいました。メイコ(原菜乃華)は2児の母としての生活を楽しみ、蘭子(河合優実)は事務員として働く傍ら、映画雑誌で批評の連載を持つ副業ライターとして活躍しています。蘭子と映画の関わりが強くなったことを考えると、彼女のモデルはやなせたかしとも交流があった脚本家・向田邦子ではないかと推測されます。今後、蘭子と嵩が仕事面で関わる展開も期待されます。
一方、伸子は秘書を辞めた後、お茶汲みや電話番といった仕事に就き、「お給料をいただけるだけありがたい」とやりがいを度外視して働いている様子が描かれました。これまで大志を抱き、夢を追いかけてきた伸子の職業選択の過程や働く姿勢を踏まえると、この現状には若干の違和感も覚えます。嵩を金銭面で支えてきたとはいえ、伸子自身の人生が嵩のサポートだけで終わらないことを願う視聴者も多いのではないでしょうか。
結論:新たな章の始まりと今後の期待
『あんぱん』第98話は、嵩と伸子、そして朝田三姉妹がそれぞれの人生の新たな局面を迎える様子を描き出しました。特に嵩のクリエイターとしての転機は、後の「アンパンマン」へと繋がる重要な伏線であり、夫婦の絆が困難を乗り越え夢を育む原動力となる様子が丁寧に描かれています。それぞれの道を進む登場人物たちが、今後どのように交差し、成長していくのか、さらなる展開に期待が高まります。
参考文献