近年の「中学受験ブーム」は、多くの小学生、特に低学年や中学年の頃から塾や習い事で分刻みのスケジュールをこなす子どもたちを生み出しています。しかし、民間学童保育のパイオニアである島根太郎氏は、この年代に必要なのは「先取り学習」ではないと強く提言しています。では、子どもたちの真の成長と社会での成功のために本当に必要なものは何でしょうか。本記事では、島根氏の著書『子どもの人生が変わる放課後時間の使い方』(講談社)の一部を抜粋・編集し、その理由と、これからの時代に求められる「人間力」を育む放課後時間の重要性について深掘りします。
学歴エリートと社会で真に活躍する人材の決定的な違い
島根太郎氏が自身のキャリアを通じて様々な業界や職種で働く中で気づいたのは、高学歴な人材と社会で革新を起こし活躍する人材との間にある、意外な相違点でした。誰もが知る有名大学の卒業生や、外資系コンサルティング会社からヘッドハントされてきた優秀な人々、若くして管理職に抜擢されたエリートたちと働く中で、島根氏は彼らの「できる」能力に一定のパターンがあると感じたのです。
学歴が優秀な人々は、確かに仕事ができるケースが多いと言います。頭の回転が速く、ビジネスに必要な知識を瞬時に理解し、整った企画書作成やプレゼンテーション能力に長けています。しかし、その「できる」は、ある程度型が決まっていたり、既存の理論や明確な正解が存在する仕事において特に発揮される傾向があるとのことです。
一方で、ゼロから新たな発想を生み出し、未開拓の市場の可能性を見つけ出す人、あるいは、雰囲気が悪くバラバラになったチームを共通の目標のもとにまとめ上げる力を発揮する人々は、必ずしも高学歴とは限りませんでした。彼らはむしろ、人間的な魅力、特定の分野における卓越した能力や技術、そして専門性を持ち合わせていたのです。このような人々こそが、既存の枠にとらわれない革新的な事業を提案し、時には常識外れとも思える個性や創造性、行動力で周囲を惹きつけ、社会で大きく活躍していったと島根氏は述べています。
非認知能力を育む放課後活動に取り組む子どもたち
つまり、偏差値的な「頭の良さ」と、社会で真に求められ、活躍できる力は必ずしも一致しないという結論に至ります。島根氏は、この「社会で活躍できる力」を「人間力」と呼び、それを構成する要素が「非認知能力」であると定義しています。そして、子どもたちが自ら考え、自己決定できる自由な「放課後時間」こそが、この非認知能力を育み、結果として人間力を高める上で極めて重要な役割を果たすと考えているのです。
「非認知能力」を育む鍵となる「放課後時間」の活用
一般的な学校教育や学習塾の授業では、「認知能力」を高めることに重点が置かれています。これは、テストの点数や成績など、目に見えて評価できる能力を指します。もちろん、これらの認知能力も必要不可欠ではありますが、島根氏が重要視する「非認知能力」を高める教育も、子どもたちが大人になり社会に出た際に、同じくらい、あるいはそれ以上に大切になってきます。
非認知能力を高める教育とは、端的に言えば「正解が一つではない」という教育です。これからのAI時代においては、知識をインプットし、短時間で正確にアウトプットする能力、いわゆる情報処理能力が高い人材の価値は、相対的に変化していくでしょう。すでに成熟期を迎えた日本社会において、学歴や学力だけで通用しないことは明らかです。今求められているのは、多様な文化や価値観を持つ人々と円滑にコミュニケーションを取り、自身の考えを主張して世界と渡り合える「グローバル人材」や、既成概念にとらわれずクリエイティブなアイデアを生み出し、新しい価値を創造できる「イノベーション人材」なのです。
一般的な日本の学校教育の現場では、手を挙げて積極的に発言したり、自らの主張を展開したり、活発に議論を戦わせたりする機会は残念ながら少ないのが現状です。むしろ、目立つことよりも、規律を守り、皆と同じ行動ができる「協調性」が重視されてきました。しかし、島根氏が運営するKBC(東急キッズベースキャンプ)のような民間学童保育施設では、日々の学童での時間だけでなく、多様なイベントやキャンプといった体験の場を積極的に創出しています。
これらの場を通じて、子どもたちは多くの人々と出会い、話し合い、時には意見をぶつけ合って議論する経験を積みます。また、読書やワークショップを通して、自分の「好き」を深く追求し、自らの思考力や個性を思う存分伸ばし、将来の夢を育んでいくことに力を入れています。このような自由で主体的な活動こそが、知識偏重型の教育では育みにくい、子どもたちの「人間力」の根幹を培うことに繋がると考えられます。
まとめ
本稿では、民間学童保育のパイオニアである島根太郎氏の提言をもとに、現代社会そして未来を生きる子どもたちにとって、学歴や認知能力だけでなく「非認知能力」とそこから生まれる「人間力」がいかに重要であるかを探りました。画一的な正解を求める教育から一歩踏み出し、自ら考え、行動し、多様な人々と協働する力を育むことの必要性が浮き彫りになりました。そして、その成長の鍵を握るのが、子どもたちが自由に自己決定し、様々な経験を積める「放課後時間」の有効な使い方であると結論付けられます。子どもたちの未来を豊かにするためには、単なる学習時間の延長ではなく、質の高い放課後の過ごし方を真剣に考えることが、今、私たち大人に求められています。
参考文献
- 島根太郎『子どもの人生が変わる放課後時間の使い方』(講談社)