NHK朝ドラ『あんぱん』、妻夫木聡演じる八木信之介はサンリオ創業者・辻信太郎がモデルか? やなせたかしの意外な人気と出版秘話

2025年前期のNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、国民的アニメ『それいけ!アンパンマン』の作者として知られるやなせたかし氏と妻の暢氏の人生をモデルに描かれています。現在放送中の第21週「手のひらを太陽に」の第101話では、主人公・柳井嵩(やないたかし、演:北村匠海)と軍隊生活を共にした恩人である八木信之介(演:妻夫木聡)が「九州コットンセンター」という会社を設立したことが大きな話題となっています。この展開は、以前からネット上でささやかれていた「八木=株式会社サンリオ創業者・辻信太郎氏」説を強く裏付けるものと見られています。

八木信之介の「九州コットンセンター」設立とサンリオ創業者の関連性

ドラマ内で八木信之介が立ち上げた「九州コットンセンター」という社名は、1960年に辻信太郎氏が創業したサンリオの前身である「株式会社山梨シルクセンター」(1973年にサンリオへ名称変更)と極めて類似しており、この一点だけでも八木が辻氏をモデルにしている可能性は高いと推測されます。サンリオ公式サイトでも「(戦後に)のぶと嵩の人生に大きな影響を与えるようになる」と紹介されている八木の存在は、やなせたかし氏の人生において辻氏がいかに重要な人物であったかを暗示しています。実際の辻信太郎氏は1927年生まれで、やなせ氏より年下であり、従軍経験もないという点でドラマの設定とは異なりますが、やなせ氏のその後の人生に多大な影響を与えたことは間違いありません。

辻信太郎がやなせたかしの詩集『愛する歌』出版に果たした役割

NHK朝ドラ「あんぱん」で八木信之介を演じる妻夫木聡。サッポロ生ビール黒ラベルのイベントにて。NHK朝ドラ「あんぱん」で八木信之介を演じる妻夫木聡。サッポロ生ビール黒ラベルのイベントにて。

やなせたかし氏が初めての詩集『愛する歌』を出版したのは1966年のことです。当時、ラジオドラマのシナリオを多数手がけていたやなせ氏は、自身の作品に登場する歌が埋もれてしまうのを惜しみ、自費出版を視野に入れて整理を進めていました。そんな折に辻信太郎氏と出会い、辻氏が経営する社員6人の「山梨シルクセンター」から詩集を出版するという、予想外の提案を受けます。やなせ氏は自身の自伝『人生なんて夢だけど』の中で、この提案に対し「何を冗談言ってるのかと思いました」「無名に近い漫画家もどきの詩集。一部だって売れないと思うのが世間の常識です」と当時の戸惑いを率直に語っています。しかし、辻氏は他の社員の反対を押し切り、若手社員一人を出版部に任命し、粘り強くやなせ氏の詩集出版を推し進めました。出版取次会社である東販(現:トーハン)も、辻氏の出版に関する知識のなさに驚きつつも協力。こうして『愛する歌』は、山梨シルクセンター(後のサンリオ)にとって記念すべき最初の出版物として世に送り出され、現在も株式会社サンリオ公式HPの「サンリオのあゆみ」に重要な出来事として記載されています。ドラマ『あんぱん』第100話で八木が嵩に語った「あいつ(嵩)の書く言葉は全部、俺には詩に聞こえるけどな」というセリフは、この史実に対する伏線であった可能性も考えられます。

異例のヒットと「下着売り場サイン会」での女性人気

予算の都合上、灰色一色刷りの地味な表紙であったにもかかわらず、『愛する歌』は出版記念として銀座で行われたサイン会で多くの来場者を集め、やなせたかし氏自身も驚くほどの反響を呼びました。その後、この詩集はなんと5万部を超える大ヒットとなり、第5集まで刊行されるに至ります。この成功を受け、やなせ氏は各地でサイン会を開催するようになり、中には山梨シルクセンターが取引していた婦人服販売の「株式会社三愛」の下着売り場の中心で行われた異例のサイン会もあったといいます。『愛する歌』の読者層には女性ファンが多く、三愛でのサイン会では、実際に下着へのサインを頼む人もいたそうです。さらに、やなせ氏のもとには、中学生、高校生、大学生の順で若い女性からのファンレターが殺到しました。やなせ氏は「女性にはモテたことがないので、(中略)うれしかった」と当時の心境を振り返りつつも、「やなせさんの詩を読むと、この程度なら私でも作れると思ってうれしくなりました」といった、褒めているのかけなしているのか分からない手紙が多かったことや、当時40代で既婚者だったやなせ氏を20代の青年と勘違いし、サイン会で泣き出したファンがいたといった、ユーモラスなエピソードも語っています。

『詩とメルヘン』創刊、やなせたかしと辻信太郎の長年の協力関係

『愛する歌』の成功後も、やなせたかし氏と辻信太郎氏の関係は続きました。1973年、やなせ氏が「責任編集=やなせ・たかし」として、編集からレイアウトまですべて自身で行う雑誌の出版を提案すると、辻氏はこれを快諾し、120万円もの資金を提供しました。こうして創刊された抒情詩と絵の雑誌『詩とメルヘン』は、創刊号からヒットを飛ばし、2003年8月の休刊まで30年間続く人気月刊誌となりました。現在の『あんぱん』の物語は1964年まで進んでおり、1966年の『愛する歌』出版のエピソードが描かれるのも間近と予想されます。第21週の予告には、嵩の親友・辛島健太郎(演:高橋文哉)の「女にモテとるばい」というセリフがありましたが、やなせ氏が『愛する歌』で女性ファンを多数獲得したエピソードが、今後どのように描かれるのか注目が集まります。

参考資料

  • 『人生なんて夢だけど』(フレーベル館 著:やなせたかし)
  • 『アンパンマンの遺書』(岩波書店 著:やなせたかし)
  • 『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋 著:梯久美子)