大阪・関西万博に足を運んだ。日頃から様々なニュースやオンライン上の情報に目を通しているが、万博に関する論調は賞賛であれ批判であれ、表面的なものに終始し、深く興味を抱くには至らなかった。しかし、「娘婿がスポンサー企業に勤めており、格安でチケットが入手できる」という友人の誘いを受け、こうした表層的な情報の裏側にある実態を知りたいという探求心から、2025年7月1日、午前10時の入場を目指して夢洲駅に降り立った。今回の訪問は、万博が謳う「未来社会」がどのような現実として立ち現れるのかを肌で感じる貴重な機会となった。
夢洲駅からの期待と「手垢」の違和感
夢洲駅のコンコースは、両側の壁面と柱に設置されたデジタルサイネージから派手な映像が流れ、活気に満ちていた。駅から万博会場の東ゲートへ続く階段エリアは白色を基調とし、段差を跨ぐように描かれたミャクミャクのイラストや「さあ、未来社会へ」というキャッチフレーズが、訪問者のワクワク感を煽る。東京のベイエリアで行われる大規模ビジネスショーやモーターショー特有の、人々の心を高揚させる演出がそこにはあった。
大阪・関西万博の象徴である巨大な大屋根リング。未来を期待させるその壮大な構造物。
しかし、段差を利用した告知ペイントは、筆者が大学生だった1980年代のバブル期から用いられてきた手法であり、良く言えば「手垢がついている」、悪く言えば「使い古された」印象を与えた。「未来社会」というテーマに対し、この「手垢」が最初の違和感として心に残った。
酷暑下での長蛇の列:未来とは程遠い熱中症対策
階段を上ると、100メートルほど先に長蛇の列が見えた。鉄柵で仕切られた空間に人々が並び、ゲートの入口ははるか遠く、見えないほどだった。列の脇ではボランティアスタッフが日傘を貸し出しており、その下で立ちっぱなしの彼らの熱中症も心配になった。日傘は行列内でのみ利用可能で、入場ゲートで即座に返却する必要があるという。その話を聞いた途端、背中を汗が流れ落ちた。スマートフォンで確認すると気温は30度だったが、湾岸部特有の湿気と日差しを遮る構造物が皆無なため、体感温度はさらに2、3度高く感じられた。
暑さ対策は皆無と言ってよく、霧を発生させるミスト装置すら見当たらない。行列は緩慢に進む。これが「未来社会」の夏の光景なのか、と疑問を抱かざるを得なかった。ようやくゲートに到達し、大型のポリバケツに日傘を返却する。乱雑に投げ込まれた日傘の山を見て、小学生の頃、練馬の自宅近くで見た昭和40年代の屑鉄置き場を思い出し、再び「未来社会」とのギャップを感じた。
空港と変わらぬ入場システム:想像とのギャップ
ゲートチェックでは、空港の保安検査場と全く同じように、X線手荷物検査装置と金属探知機が並び、保安員が忙しく対応していた。QRコードを使ったチェックインも、飛行機に搭乗する際と何ら変わらない。筆者は、「完全無人の全自動入場システム」や「世界各国の言葉を話すロボット保安員」といった、より未来的な光景を想像していたため、現実に直面し、拍子抜けしてしまった。
大阪・関西万博は「未来社会」の実現を掲げているが、今回の訪問を通じて、来場者の快適性や最新技術の導入において、その理想と現実の間に大きな隔たりがあることを強く感じた。夢洲駅到着時に覚えた最初の「違和感」は、万博の随所で現実として浮き彫りになっていた。「未来」への期待を抱いて訪れる人々にとって、この「現実」がどのように受け止められるのか、今後の動向が注目される。