近年、日本全国でクマによる被害が深刻化しており、その対策は喫緊の課題となっています。環境省の発表によれば、2024年4月から7月末までの間に、クマに襲われて死傷した人の数は全国で55人に上り、過去最多を記録した2023年とほぼ同水準で推移していると報じられています。このような現状を受け、クマとの遭遇時にいかに身を守るかが、私たちの命を守る上で極めて重要になっています。本記事では、30年にわたりクマ外傷の治療に携わってきた秋田大学医学部救急・集中医療医学講座の中永士師明教授の専門的知見に基づき、クマとの正しい距離感や命を守るための具体的な防御術について深く掘り下げていきます。
深刻化するクマ被害の現状と専門家の知見
クマによる被害は、その件数だけでなく、内容の凄惨さにおいても注目されています。特に、中永士師明教授がこれまでの多くの症例から得た知見によると、クマによる外傷の「9割が顔に傷害を負う」という衝撃的な事実が明らかになっています。この事実は、遭遇時の防御策を考える上で極めて重要なポイントとなります。中永教授は、クマによる外傷治療の経験をまとめた『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(新興医学出版社)を今年5月に出版し、救急救命医療の最前線からクマ被害の実態と対処法を世に示しました。この専門書は、私たちがクマと共存していく上で不可欠な知識を提供しています。
クマとの距離別対処法:命を守る「防御術」とは
クマとの遭遇時、距離に応じた適切な対処法を知ることは、被害を最小限に抑え、命を守る上で不可欠です。
一般的な「ゆっくり立ち去る」は距離がある場合のみ有効
一般的に「目をそむけず、ゆっくり後ずさりしながら立ち去れ」というアドバイスが知られていますが、中永教授はこれはクマとの距離が十分に離れている場合にのみ適用されると強調します。クマは時速50kmもの速さで走ることができ、一度こちらに向かってきた場合、人間が逃げ切ることはほぼ不可能です。また、藪などから予期せず至近距離で突然襲われるケースも多いため、常に逃げる時間があるとは限りません。
至近距離で遭遇した場合の命を守る「防御姿勢」
もし至近距離でクマと出会ってしまった場合、最優先で考えるべきは被害を最小限にすることです。中永教授が推奨する具体的な防御術は以下の通りです。
- 顔面と頸動脈の保護を最優先: クマは人間の顔の高さを攻撃してくる傾向があるため、顔と首の横にある頸動脈を守ることが極めて重要です。
- 防御姿勢の取り方: 首の後ろで指を組み、腕で顔と首をしっかりと覆います。そして、体を小さく丸めてかがみ、クマに背を向けます。
- 耐え忍ぶ: 外から腕を攻撃される可能性はありますが、人間の体で比較的硬い背中をクマに向け、じっとうずくまってクマが立ち去るのを待ちます。
クマとの遭遇時に身を守るための適切な対処法を示すイラスト
この防御術は、致命傷を避けることを目的としています。クマがパニックで襲ってくる場合、この姿勢で耐え抜くことで、生存確率は大幅に高まるとされています。
クマの種類別行動特性と生存戦略
クマの行動特性は種類によって異なり、それが遭遇時の生存戦略にも影響を与えます。
北海道のヒグマ
北海道に生息するヒグマの中には、エゾシカや家畜を捕食することで肉の味を覚え、捕食目的で人間を襲う個体が存在します。このようなヒグマに遭遇した場合は、非常に危険性が高まります。
東北のツキノワグマ
一方、東北地方に生息するツキノワグマは、基本的に人間を食べることを目的とはしていません。多くの場合、人間を襲うのはパニックに陥った結果です。そのため、致命傷を負わないように防御姿勢で耐え忍ぶことができれば、生き残れる確率はヒグマの場合よりも高くなります。
結論
今年のクマ被害は過去に類を見ないほど深刻化しており、私たち一人ひとりがクマに関する正しい知識を持ち、適切な行動を心がけることが不可欠です。特に、秋田大学の中永士師明教授が提唱する「顔と頸動脈を守り、背を向けて小さく丸まる」という防御術は、至近距離でのクマとの遭遇時に命を守るための具体的な手段として極めて有効です。クマの行動特性を理解し、冷静に対処することで、被害を最小限に抑え、安全を確保できる可能性が高まります。自然豊かな日本でクマと共存していくためには、常に警戒心を持ち、専門家の知見に基づいた対策を実践していくことが重要です。
参考文献
- Yahoo!ニュース (2024年8月19日). クマに襲われたら「死を避けるため顔面と頸動脈を守れ」専門家が断言!「9割が顔に傷害」.
- 中永士師明 (2024). 『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』. 新興医学出版社.
- 環境省 自然環境局. (最新のクマ被害に関する統計情報).