訪問介護の現場では、70代や80代のホームヘルパーが珍しくなくなっています。介護報酬改定により低賃金に陥り、世代交代が進まないこの実態を取材しました。
82歳ヘルパーが89歳利用者を介護:現場で「日常」の現実
午後3時。猛暑の中を自転車で走るのは、東京都内で訪問介護ヘルパーとして働く82歳の女性です。15分ほどかけて向かう先は、利用者の女性(89)が待つ団地の一室です。彼女は「そりゃ暑いですよ。でも大変なんて思わないです。仕事ですから」とさらりと言って、掃除にかかります。利用者の女性は介護保険で「要支援2」の認定を受けており、腰に持病があるため浴室掃除などは難しい状況です。
ホームヘルパーの仕事を始めて20年ほどになる彼女は、いま9人の利用者を担当しています。利用者は78歳から90代まで、うち8人が女性です。認知症の人もいれば、目が不自由な人もいます。仕事は買い物支援や掃除などの「生活支援」や、排泄介助などを含む「身体介護」など多岐にわたります。利用回数も週に1回だったり複数回だったり、人によって様々です。彼女は「休みは日曜だけ。一日に4件、回る日もあります。収入は月に12万~13万円くらいです」と話します。89歳の利用者は「とても助かっています。年齢が近いし、何げない会話も楽しいです」と話します。東洋大学教授で高齢者福祉・介護が専門の高野龍昭さんは、この「82歳のホームヘルパーが89歳の利用者の介護を」という状況について、「高齢者による高齢者の訪問介護は、現場ではもう日常です」と指摘しています。
82歳訪問介護ヘルパーが自転車で利用者の自宅へ向かう様子
深刻な訪問介護の人材不足:有効求人倍率15倍の「枯渇」危機
高野教授は、この状況の背景に訪問介護における深刻な人手不足があると指摘します。「2010年代に入ったあたりから、高齢者介護分野の人材不足が顕在化しています。厚生労働省のデータで、ここ5、6年は介護職員全体の有効求人倍率が4倍前後で推移し、訪問介護の従事者に関しては15倍程度。求職者1人に対して15社が取り合っている、という現状です」と述べました。
訪問介護事業者の倒産も相次いでいます。東京商工リサーチの調査によると、今年1~6月の倒産件数は45件で前年の同時期から5件増え、上半期としては2年連続で過去最多を更新しました。原因について、高野教授は「経営がうまくいかず赤字がかさんだ結果という部分もなくはないですが、『働き手が確保できず事業継続が難しくなった』というケースも増えてきています」と見ています。
進むホームヘルパーの高齢化:将来的な「人材枯渇」への懸念
そんな中で起きているのが、ホームヘルパーの高齢化です。介護労働安定センターが2025年7月に発表した「介護労働実態調査」によると、訪問介護員に占める65歳以上の割合は、24.0%にものぼります。これは、ホームヘルパーの世代交代が進まない現状を如実に示しています。
高野教授は、「ホームヘルパーの世代交代が進まない現状では、人手の不足ではなく『枯渇』が、早ければ5年ほどで起きるのではないか。そんな危機的状況も懸念されます」と警鐘を鳴らしています。(編集部・小長光哲郎)
80代のホームヘルパーが80代の利用者を介護する現状は、日本の訪問介護現場が直面する深刻な課題の象徴です。低賃金と労働環境が人材不足を加速させ、事業者の倒産、そしてヘルパーの高齢化へとつながっています。このままでは介護人材が「枯渇」し、高齢社会を支えるサービスの根幹が揺らぎかねません。安定的な訪問介護サービスの提供と質の維持には、従事者の待遇改善や若年層の参入を促す抜本的な施策が喫緊の課題です。
※本記事はAERA 2025年8月25日号からの抜粋、及び厚生労働省、東京商工リサーチ、介護労働安定センターの各調査データを基に作成。