メキシコで麻薬組織(カルテル)を賛美する「ナルココリード」の楽曲で知られる人気歌手が射殺される事件が発生しました。この悲劇は、メキシコの音楽業界と麻薬組織との深く危険な繋がり、そしてアーティストたちが直面する暴力のリスクを改めて浮き彫りにしています。
麻薬組織賛美曲歌唱中の悲劇:エルネスト・バラハスさん射殺事件
19日夜、メキシコ西部のハリスコ州サポパン市の駐車場で、人気グループ「エニグマ・ノルテーニョ」のボーカル、エルネスト・バラハスさんが射殺されました。警察によると、バイクに乗った2人組の男がバラハスさんに近づき発砲。この銃撃によりバラハスさんの他に男性1人が死亡し、女性1人が脚に重傷を負いました。バラハスさんのグループは、スポティファイで月間400万人ものリスナーを抱えるほどの人気を誇っていました。
メキシコ市のソカロ広場に掲げられたメキシコ国旗。国内の治安問題と麻薬カルテル関連の暴力が深刻化する情勢を象徴する一枚。
「ナルココリード」が抱える闇:犯罪組織との共生
エルネスト・バラハスさんが活動していた「ナルココリード」は、メキシコの地域音楽の一種でありながら、悪名高い麻薬組織の活動や麻薬王の「功績」を称賛する歌詞が特徴です。エニグマ・ノルテーニョの楽曲の中には、メキシコで最も強大な麻薬組織の一つとされるハリスコ新世代カルテル(CJNG)のリーダー、ネメシオ・オセゲラ容疑者に捧げられた曲や、現在米国で終身刑に服している麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者の息子たちを歌った「ロス・チャピトス」のような曲も存在します。
メキシコ国内の犯罪組織は、ミュージシャンに多額の金銭を支払い、自分たちの「武勇伝」を歌わせ、その影響力を拡大しようとしています。これにより、ナルココリードの歌手たちは麻薬組織間の縄張り争いや抗争に巻き込まれるリスクに常に晒されています。実際、現地メディアの報道によると、バラハスさんも過去にハリスコ新世代カルテルから脅迫を受けていたとされます。
暴力の連鎖と「ナルココリード」規制の動き
バラハスさんの事件は、ナルココリード歌手や演奏者を狙った暴力が続くメキシコの現状を象徴しています。ここ数か月間にも同様の事件が頻発しており、5月にはタマウリパス州で別のナルココリードグループ「フギティーボ」のメンバー5人が麻薬密売人とみられる集団によって殺害されています。
このような状況を受け、メキシコの一部の地域では「ナルココリード」の公演が禁止される動きも出ています。しかし、その人気ゆえに規制は容易ではありません。今年4月には、あるコンサートで歌手が自身の人気曲の演奏を拒否したことで、観客による暴動が発生した事例もあり、ナルココリードが社会に与える影響の大きさを物語っています。
まとめ
エルネスト・バラハスさんの射殺事件は、メキシコにおける麻薬組織の根深い影響と、それに絡む暴力の深刻さを浮き彫りにしました。「ナルココリード」という音楽ジャンルが、単なるエンターテイメントを超え、犯罪組織のプロパガンダとなり、アーティストの命をも脅かす存在となっている現状は、メキシコが直面する社会問題の複雑さを示しています。音楽が持つ影響力と、それが引き起こす負の側面に対し、国際社会も注目していく必要があります。
参考文献:
- AFP=時事