日本を動かす官僚たちの拠点、霞が関では、水面下で重要な人事の動きが進行しています。特に法務・検察の世界では、次期検事総長を巡る人事が大きな注目を集めており、その最有力候補として「検察のエース」と称される森本宏氏の名前が挙がっています。本稿では、森本氏の輝かしいキャリアと、その一方で語られる「逆風」、そして検察トップへの道のりについて深掘りします。
検察トップ人事の核心:森本宏氏の軌跡
畝本直美検事総長の後継人事の動きは、ほぼ固まりつつあります。7月17日付の発令では、斎藤隆博東京高検検事長の後任に川原隆司法務事務次官が、そのさらに後任として森本宏氏が起用されました。この人事は、川原氏、そしてその後に森本氏が順に検事総長を務める公算が極めて大きいと見られています。検事総長の人事においては、実績に加え、任官年次と年齢が重要な要素です。森本氏は慶應大、川原氏は名古屋大在学中に司法試験に合格しており、同期の中では傑出した若さを誇ります。
法務事務次官に就任し、検察のエースとして知られる森本宏氏の肖像。ゴーン事件摘発などの功績を挙げたことで、次期検事総長人事の最有力候補と目されている。
森本氏は若くして検察現場と法務行政の両方をこなす有能な検事と評されてきました。東京地検特捜部副部長を経て、エリートコースである法務省刑事局刑事課長、総務課長を歴任。特捜部長時代には、導入されたばかりの日本版司法取引を駆使し、カルロス・ゴーン事件の摘発に成功。また、河井克行元法相夫妻の公選法違反事件や、秋元司衆院議員のIR汚職事件など、数々の政界事件にも果敢に切り込み、その手腕を発揮してきました。
栄光の裏の試練:キャリアパスとメディア対応
2021年7月には、歴代の検事総長の多くが務めた、検察のスポークスマン役である東京地検次席検事に就任。川原氏が刑事局長から検事総長への登竜門とされる法務次官に昇格した2023年1月には、森本氏が後任の刑事局長に栄転すると見られていました。しかし、実際に刑事局長に起用されたのは、森本氏の一期下である松下裕子氏でした。松下氏は、2022年6月に退官した林真琴元検事総長が刑事局長だった時代に同局総務課長などを務めた林氏直系とされますが、検察現場や法務行政での実績は森本氏ほどではなかったと指摘されています。
森本氏は、格上ではあるものの、検察現場を統括する最高検刑事部長に据えられ、検察部内では、次官就任、ひいては検事総長への道が遠のいたと受け止められました。その背景には、やや強引とも評される捜査手法や、特捜部長時代、次席検事時代に散見された、意に沿わない質問をする記者を怒鳴りつけるような「コワモテ」のメディア対応が影響したとの指摘もあります。
霞が関人事の将来展望
森本宏氏のキャリアは、その卓越した能力と実績で検察のエースと目される一方で、その強烈な個性ゆえの試練も経験してきました。しかし、今回の法務事務次官への起用は、彼が最終的に検察トップの座に就くための決定的な布石となります。霞が関における要職人事は、単なる個人の昇進に留まらず、日本の司法システム、ひいては国家の運営に大きな影響を及ぼします。森本氏が今後、どのようにその手腕を発揮し、検察組織を牽引していくのか、その動向は引き続き注視されるでしょう。
出典
「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2025年9月号