ウクライナ情勢:停滞する和平交渉とロシアの二重戦略、欧州の「ミュンヘン会談」への警鐘

ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、米国仲介の和平交渉が停滞。ウクライナ東部2州では激しい攻防が続きます。ロシアは侵攻継続姿勢を崩さず、トランプ米政権による停戦調停を外交的に利用し、係争地の割譲を模索しています。欧州のウクライナ支援国は、「ミュンヘン会談」の教訓から、米国がロシア側へ譲歩する展開を強く警戒しています。

ロシア軍の領土拡大主張とウクライナ側の反論

ロシア軍ゲラシモフ参謀総長は8月30日、3月以降にウクライナ領3500平方キロ以上、149集落を占領と発表。割譲求める東・南部4州では、ルハンスク州99.7%、ドネツク州79%、ヘルソン州76%、ザポリージャ州74%を掌握と説明しました。さらに国境「安全地帯」設置目的でスムイ州210平方キロと13集落を制圧、ハルキウ州でも進軍継続、ドニプロペトロウスク州でも7集落を支配下に置いたと主張しました。

ウクライナ軍報道官は同8月30日、露軍のドニプロペトロウスク州一部侵攻は認めるも、「進軍は阻止された」と説明。ドネツク州での侵攻も食い止めていると発表、ロシア側の主張を一部否定しています。

ウクライナ東部ドネツク州の最前線で塹壕から周囲を警戒するウクライナ軍兵士(2025年8月26日撮影)ウクライナ東部ドネツク州の最前線で塹壕から周囲を警戒するウクライナ軍兵士(2025年8月26日撮影)

ISW分析:ロシアの戦果誇張と死傷者の増加

米シンクタンク「戦争研究所」(ISW)は8月31日、ロシアが3月以降に占領したのは2346平方キロ、130集落と推計し、露軍の発表には誇張が含まれると分析。ISWは、戦果誇張の背景に、死傷者増加に対し占領地拡大ペースが遅い実態隠蔽が目的と見ています。ウクライナ軍推計によると、露軍は2025年1~8月、ハルキウ、ルハンスク、ドネツク3州だけで月平均2万6250人、計約21万人の死傷者を出した。露軍全体の死傷者数は計約29万人に上るとされます。

ドネツク全域占領への戦略と外交的解決の模索

ロシア軍はドネツク州全域占領を目指しますが、ウクライナ軍はポクロウシクなどの防御を固め、「要塞地帯」スラビャンスク、クラマトルスクが控えます。ISWは、軍事的手段での全域占領には約1年半を要し、大幅な死傷者拡大は避けられないと推定。

このためロシアは、米国仲介の和平協議を利用し、外交的手段での実効支配地域拡大を模索。停戦条件として未占領地域を含むドネツク、ルハンスク両州全域の割譲を要求、ウクライナ軍の強固な防御地帯を犠牲なく獲得する狙いです。ウクライナ側は意図を見抜き、ゼレンスキー大統領は割譲案を交渉選択肢から排除する考えです。

欧州の「ミュンヘン会談」への警戒

欧州のウクライナ支援国は、ロシアによるドネツク、ルハンスク両州の割譲要求に強い警戒感を示しています。これは、1938年に英仏などがチェコスロバキアのズデーテン地方をナチス・ドイツに割譲を認めた「ミュンヘン会談」の宥和政策になぞらえられています。当時の宥和政策がナチスの侵攻拡大を助長した歴史的評価から、欧州側は、ロシアの要求を受け入れ一時停戦しても、「第二のミュンヘン会談」になる可能性を懸念。和平交渉の行方に国際社会は一層の警戒を強めています。

ウクライナ情勢は、軍事的膠着と外交的駆け引きが絡み、不安定な局面を迎えています。ロシアは戦果誇張しつつも多大な犠牲を伴う領土拡大の現実を認識、外交交渉を通じた獲得を画策。一方ウクライナは領土保全を強く主張し、欧州支援国は歴史的教訓からロシアへの安易な譲歩を警戒。国際社会は、和平交渉がウクライナの未来と国際秩序全体に与える影響を注視しています。

【ブリュッセル宮川裕章、モスクワ山衛守剛】