インドネシアの首都ジャカルタで3日、数百人もの女性たちがピンク色の服を身につけ、ほうきを手に議会へ向けて行進した。彼女たちは、警察による暴力行為と政府の浪費に対する怒りを表明するため、街頭に集結。ジャカルタをはじめとする国内主要都市では、生活費の高騰や国会議員への過剰な特権に対する民衆の不満が爆発し、抗議活動は2週目に突入している。
今回のデモがさらに激化した背景には、8月28日に首都のデモ現場近くで、バイクタクシー運転手のアファン・クルニアワン氏(21)が警察車両にひかれ死亡した事件がある。この悲劇が国民の怒りに火をつけ、改革を求める声が一段と高まっている状況だ。
深刻化する抗議活動:2週目に突入した民衆の不満
インドネシア全土で続く抗議活動は、単なる一時的な不満にとどまらず、長年の構造的な問題が表面化したものだ。主な要因は、国民の生活を直接圧迫する生活費の高騰と、国民の税金から支払われるにもかかわらず不透明な国会議員の特権に対する強い反発である。政府の浪費に対する国民の不満は根深く、特に社会経済格差が広がる中で、政治エリート層への優遇は許容できないとの声が上がっている。
8月末に発生したアファン・クルニアワン氏の死亡事件は、抗議活動の性質を一変させた。警察による暴力行為は以前から指摘されてきたが、この事件は、市民の命が脅かされる現実を改めて浮き彫りにし、デモの規模と深刻さを一層増幅させる結果となった。多くの市民が、政府と治安部隊の責任を厳しく追及し、抜本的な改革を求めている。
大統領の対応と、その真意を巡る疑問
一連の抗議活動が続く中、プラボウォ・スビアント大統領は、当初予定されていた中国での戦勝記念式典への出席を中止すると発表し、国内の沈静化を図ろうとした。しかし、大統領はその後、3日に中国の習近平国家主席やロシアのウラジーミル・プーチン大統領と並んで記念撮影に臨む姿が確認され、国民の間にはその真意を巡る疑問と不信感が広がった。
大統領は先週末、中国訪問に先立ち、抗議者らの主要な不満の一つである国会議員への特権を撤廃する方針を示していた。これは、国民の怒りを鎮めるための譲歩と見られたが、その後の行動が矛盾しているように受け取られ、政府に対する信頼回復には至っていないのが現状である。
「国家の汚れを一掃」:ピンクとほうきが象徴する女性たちの闘い
3日の集会では、特にインドネシア女性同盟(IWA)に所属する女性たちが注目を集めた。彼女たちはピンク色の服をまとい、手にはほうきを掲げながら力強く行進した。このほうきは、「国家の汚れ、軍国主義、そして警察による弾圧を一掃したい」という彼女たちの強い思いを象徴しているという。
ジャカルタでの抗議活動で、ピンク色の服を着てほうきを掲げ、警察による暴力と政府の浪費に抗議するインドネシア女性同盟のメンバーたち。
抗議者たちは、「警察を改革せよ」と書かれたプラカードを掲げ、治安部隊への具体的な改革を要求。参加したムティアラ・イカ氏はBBCインドネシア語に対し、「抗議は犯罪ではなく、すべての市民に本来備わっている民主的権利だ」と述べ、デモ活動の正当性を強調した。IWAは、90もの女性団体や活動グループに加え、労働組合、人権団体、先住民族コミュニティーなど、幅広い市民社会組織で構成される政治団体であり、その影響力は大きい。インドネシアにおける女性運動は、1998年の改革運動でスハルト政権の権威主義に立ち向かうなど、これまでにも政権に対抗し、社会変革において重要な役割を果たしてきた歴史がある。
IWAが選んだピンク色は「勇気の象徴」と説明されており、この運動の精神を色濃く反映している。また、死亡したアファン氏が所属していた配車サービス企業の制服の色である緑を身に着け、連帯の意思を示す抗議参加者も多く見られた。インターネット上では、これらの色が「英雄の緑」、「勇気のピンク」と呼ばれて広まり、多くの人々が自身のソーシャルメディア・アカウントのプロフィール画像にそれらの色調のフィルターを施し、運動への支持を表明している。
国際社会と国内組織からの懸念と要求
ジャカルタでの抗議活動に対する政府や治安部隊の対応について、国際社会と国内の人権擁護団体から深刻な懸念が表明されている。国連の人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、人権侵害の疑惑について「迅速かつ徹底的で透明性のある調査」を求め、国際的な監視の目を向けている。
人権擁護団体アムネスティ・インターナショナル・インドネシアのウスマン・ハミド事務局長は、「これ以上の犠牲者が出る前に、政府は直ちに抗議活動中の市民の要求すべてに応えるべきだ」と強く主張した。インドネシア法律扶助財団のデータによると、8月末からの一連の抗議活動により、少なくとも10人が死亡し、その一部は警察による暴力が原因とされている。また、全国で少なくとも1042人が病院に搬送されるなど、事態の深刻さが浮き彫りになっている。
国家人権委員会の首長であるアニス・ヒダヤ委員長も、特に当局による暴力が続いている現状に対し、深刻な懸念を示している。ヒダヤ委員長は2日、ジャカルタで開かれた記者会見で、「こうした行為は、対話の場が極めて限られていることの表れだ。人々が自らの問題や困難を訴えようとしても、その場は存在しているように見えて、実際には容易にアクセスできない」と述べ、政府と市民の間の対話の欠如を指摘した。
改革への道のり:象徴的な変化から深い構造改革へ
プラボウォ大統領は8月31日、全国的な抗議の沈静化を図るため、議員に支給されている国家予算による特権の一部、特に手当の規模について見直す方針を発表した。この措置は抗議者から一定の評価を受けたものの、「十分ではない」との声が多数を占めている。
インドネシア全学生連合の元中央調整官であるヘリアント氏はBBCに対し、「問題は一つではなく、長年にわたる不平等、統治、説明責任に対する懸念が背景にある」と語った。彼は、単なる象徴的な変化だけでなく、より深い構造改革が必要であると強調。「特に農業政策、教育、公平な経済機会といった一般市民に直接影響する分野において、人々はより深い改革を求めている」と述べた。
最終的な目標として、より説明責任があり、透明性が高く、市民中心の統治を実現することにある。インドネシアの抗議活動は、生活費高騰や警察暴力といった具体的な問題から始まりながらも、より広範なガバナンス改革と社会正義を求める民衆の強い願いが込められている。
出典: BBCニュース