『もしロシアがウクライナに勝ったら』書評:NATOの動揺と世界秩序の変容

もしロシアがウクライナでの戦争に勝利したら、国際社会は一体どのような未来を迎えるのか。カルロ・マサラ氏による衝撃的な書『もしロシアがウクライナに勝ったら』は、この問いに対し、生々しいシナリオを提示します。国際情勢の専門家である彼が描く3年後の世界は、単なるフィクションにとどまらず、現在の地政学的リスクを鮮明に浮き彫りにし、読者に深い考察を促します。本記事では、その核心に迫り、変容する世界秩序と日本の安全保障への示唆を読み解きます。

カルロ・マサラ著『もしロシアがウクライナに勝ったら』の書影。ウクライナ戦争後の国際情勢を描く衝撃的な内容を示唆。カルロ・マサラ著『もしロシアがウクライナに勝ったら』の書影。ウクライナ戦争後の国際情勢を描く衝撃的な内容を示唆。

書評「もしロシアがウクライナに勝ったら」の衝撃

本書の冒頭で描かれるのは、2025年に米国と中国の仲介により締結された「ジュネーブ和平条約」です。この条約でウクライナ領土の20パーセントがロシアに割譲され、表面的な平和が訪れます。しかし、この「平和」は長くは続きません。2028年、物語の舞台はエストニアのナルヴァ市へと移り、ロシア軍による侵略が始まります。著者は、ウクライナ侵攻がNATOとの前哨戦に過ぎず、バルト三国への再侵攻こそがロシアの真の野望であると容赦なく指摘します。

ナルヴァ市はロシア国境に接し、人口の約8割がロシア系住民です。ロシア軍はウクライナ侵攻と同様に、彼らのロシア語使用権保護を口実として侵攻を開始します。しかし、エストニアにはNATO軍が駐留しており、この侵攻は西側諸国に大きな動揺と混乱をもたらします。

NATOの動揺とロシアの戦略

エストニアへのロシア侵攻に対し、西側首脳会議では本音が飛び交います。フランス大統領は「対NATO戦とは考えにくい。ロシア系住民保護が目的か」と懐疑的ですが、ドイツ首相は「NATO領土への攻撃であり、看過できない」と反発します。一方、米国大統領は「小都市のために第三次世界大戦のリスクは冒さない」と明言し、NATO内部の足並みの乱れを露呈させます。

この亀裂こそがロシアの狙いであり、NATOは機能不全に陥ります。ロシア軍幹部は、西側諸国がロシアを「精神的に後進的で、帝国主義の遺物」と見下していることを逆手に取ります。彼らの予測不能な行動と凶暴性こそが、ロシアの真髄であり、「何をしでかすか分からない」という点が西側の抑止力を麻痺させるアドバンテージとなるのです。核使用も辞さないというロシアの姿勢は、欧米諸国を翻弄し、国際社会に深刻な影響を与えます。

「後進性」に潜むロシアの真髄と世界秩序の変容

著者は、悪意によって歴史が歪められ、約束が簡単に裏切られる国際関係を描写します。ロシアの核脅威に翻弄される欧米諸国、そして中国とインドの台頭は、既存の世界秩序の崩壊を加速させます。この激動の波は当然、日本にも押し寄せ、安全保障環境に大きな変化をもたらすでしょう。

本書はフィクションですが、読者は3年後のリアルなシナリオを想像することで、現在の国際情勢をより鮮明に俯瞰し、未来への備えを考えるためのアドバンテージを得ることができます。国際政治の複雑さと予測不可能性を深く理解するための一冊として、その価値は計り知れません。

結論

カルロ・マサラ氏の『もしロシアがウクライナに勝ったら』は、単なる未来予測小説ではありません。それは、ウクライナ戦争が世界に与える影響、NATOの脆弱性、そしてロシアの独特な戦略思想を深く掘り下げた、現代国際政治への警鐘です。この書評が、読者の皆様が現在の国際情勢を多角的に捉え、未来の課題について考察する一助となれば幸いです。

参考文献

  • 著者: Carlo Masala (カルロ・マサラ) / ミュンヘン連邦軍大学教授。国際政治学を専門とし、ドイツ連邦安全保障政策アカデミーの科学諮問委員会委員などを歴任。
  • 書評者: 中村 逸郎 (なかむらいつろう) / 筑波大学名誉教授。ロシア研究の第一人者として知られ、著書に『シベリア最深紀行』『ロシアを決して信じるな』などがある。
  • 掲載元: 週刊文春 2025年9月11日号