イーロン・マスク氏に1兆ドル報酬か:テスラ取締役会が新パッケージ提案

テスラ取締役会は、最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク氏に対し、最大1兆ドル(約147兆円)に上る可能性のある新たな報酬パッケージを株主に提示しました。この提案は、マスク氏のリーダーシップを確保し、テスラの野心的な成長目標達成に向けたインセンティブとすることを目的としていますが、その巨額さから賛否両論を巻き起こしています。

史上稀に見る巨額報酬パッケージの概要

テスラが5日に発表した新たな報酬パッケージでは、今後10年間でマスク氏に追加で最大4億2370万株が付与される可能性があります。5日終値時点でのこれらの株式の潜在的価値は「わずか」1487億ドルに過ぎません。しかし、報酬パッケージが想定する株価上昇シナリオが実現し、テスラが特定の業績目標を達成した場合、その価値は1兆ドル近くに達すると見込まれています。マスク氏がこれらの株式をすべて取得できる条件は、テスラの時価総額が現在の約8倍にあたる8兆5000億ドルに到達することです。これは、これまで地球上のいかなる企業も記録したことのない最大時価総額の2倍に相当する途方もない目標です。

テスラCEOイーロン・マスク氏の横顔、新たな報酬案が焦点にテスラCEOイーロン・マスク氏の横顔、新たな報酬案が焦点に

テスラ取締役会の狙い:マスク氏の「変革的リーダーシップ」

テスラ取締役会は、株主向けの文書で、マスク氏にこの歴史的な報酬を提示しなければ、良くも悪くもテスラブランドと同一視されるリーダーを失う危険性があると強調しています。取締役会は、マスク氏がテスラを変革し、その長期的な使命を比類のない水準で実現するために必要な指導力の資質を単独で備えていると信じていると述べています。これは、マスク氏の専門性、経験、そしてテスラに対する権威を高く評価していることを示しています。

マスク氏の多忙と「支配権」への強いこだわり

一方で、取締役会がマスク氏がテスラの経営を「パートタイム」の仕事と見なしている現状を快く思っていないことも明らかです。マスク氏は、宇宙企業の「スペースX」や衛星インターネット「スターリンク」、人工知能(AI)企業「xAI」、そして2022年に440億ドルで買収した「X」(旧ツイッター)といった他の非上場企業にも注力しています。最近では政治活動にも関与し、「第三の政党」を結党する構想さえ示しています。

今年初めには、マスク氏が政府効率化省(DOGE)を率いていた時期に、取締役会が後継者探しを始めたと報じられました。取締役会とマスク氏はいずれも報道を否定しましたが、その直後にマスク氏はDOGEを退任し、テスラ経営に再び多くの時間を費やすと表明しています。投資会社ディープウォーター・アセット・マネジメントのマネジングパートナーであるジーン・マンスター氏は、「取締役会がイーロンに送っているシンプルなメッセージは『テスラに注目してほしい』ということだ」と指摘し、「このメッセージには、彼が求めてきた経営権(株式の25%)を獲得し、それには時間をかけるだけの価値があるという約束が暗黙のうちに込められている」と分析しました。

マスク氏はテスラの支配権が自身にとって極めて重要だと明言しています。2024年1月のXへの投稿では、「25%の議決権を握らないままテスラをAIとロボティクスのリーダーへと成長させることは難しい」と述べ、「影響力を持つには十分だが、覆される可能性を排除できるほどではない」「そうでなければ、テスラ以外の製品を開発したい」と付け加えました。投資会社ガーバー・カワサキのCEOでテスラの初期投資家の一人であるロス・ガーバー氏によれば、今回の報酬パッケージの背景には、マスク氏がテスラ株をわずか13%しか保有していないため、「追い出されることを恐れている」という支配欲があるといいます。

賛否両論を呼ぶマスク氏の未来予測と実績

マンスター氏や他のテスラ強気派は、AIや自動運転車、ロボタクシー、人型ロボットこそがテスラを時価総額8兆5000億ドルに押し上げ、調整後営業利益を過去最高の20倍にあたる4000億ドルにまで成長させる未来だと信じています。彼らは、マスク氏のビジョンと経験が、テスラの権威ある地位を確固たるものにすると見ています。

一方、マスク氏やテスラに批判的な人々は、マスク氏がその潜在能力を現実のものにできないと予測しています。彼らは、完全自動運転車やロボタクシーの生産といった過去の目標達成に何度も失敗してきた点を指摘します。批判的な人々は、マスク氏の真の価値は、数々の約束を破ってきたにもかかわらず、ウォール街に輝かしい未来を信じ込ませる能力にあると見ています。テスラに批判的なアナリストのゴードン・ジョンソン氏は、「マスク氏は2014年から『来年には完全自動運転車を実現する』と言い続けてきた。実現していないが、その約束はウォール街では数十億ドル規模の価値と評価されている」と語り、「マスク氏は巧みな人たらしだ。株価を高値に維持してきた。取締役会がマスク氏に報酬を払う理由は、他のCEOが口にしない、あるいは許されない発言を進んで行うからだ」と厳しく評価しました。

株主の動向:過去の承認と「失うものは何もない」理論

その実績にもかかわらず、テスラの投資家が巨額の報酬パッケージを承認する可能性は高いと見られています。株主は過去にもマスク氏の報酬案を承認してきており、2024年にはデラウェア州の裁判官が株主や会社に不公平だと退けた報酬パッケージすら再承認したことがあります。

株主は、テスラと保有株の価値が大幅に上昇しない限り、マスク氏が新たな報酬パッケージから何も得られないことに気づくだろうと指摘されています。マスク氏とテスラが株式の恩恵を受ける前に達成しなければならない最初の目標は、現在の時価総額のほぼ2倍となる2兆ドルとなる見込みです。ガーバー氏は、「株主は『失うものは何もない』と考えるだろう」と話し、「目標があまりに高いため、もしマスク氏が達成できれば自分も大金を得られる。だからマスクが1兆ドルを手に入れても気にしない、という理屈だ」と述べました。しかし、「冷静に考えればこれはばかげている」と疑問を呈しています。

参考資料