渥美清に衰えを感じたのは昭和57年公開の第29作『寅次郎あじさいの恋』(主なロケ地=京都市)の時だ、と山田洋次監督は言っている。ずいぶん早い時期である。シリーズは以後13年間で19作品もあるから、監督の直感力に驚くが、渥美は少しずつむしばんでくる病魔と闘いながらの出演だったのである。
渥美が肺がんを発症したのは、平成3年頃だったそうだが、その前年の第43作『寅次郎の休日』(同=大分県)で、すでに元気のなさが表れていた。歌謡曲『月がとっても青いから』を歌う声がかすれたのを、筆者は撮影現場を見学したときスタッフから教えられ、否定できないものを実感した記憶がある。
第48作『寅次郎紅の花』(同=神戸市、鹿児島県)のメイキングビデオを見ると、渥美は撮影中のカメラの前以外ではまったく笑わないし、手を振るファンをも無視している。セットの隅で横になって休んでいる姿は痛々しい。
山田は、渥美への弔辞でこう語りかけている。
「もうそろそろ幕を引かねばいけない。渥美さんを寅さんという、のんきで、陽気な男を演じるという辛い仕事から解放させてあげなければいけないと、しょっちゅう思いました。渥美さんにはどんなにきつかったか。ああ、悪いことをした、僕は今、後悔をしています。長い間、つらい思いをさせてすみませんでした。でも、僕と僕たちスタッフは、あなたにめぐり会えて幸せでした。…渥美さん、本当にありがとう」
山田は、『紅の花』がシリーズ最終作になるだろうとの覚悟と、次作もあり得るという祈りにも似た希望の両方を持ちつつ、シナリオを書き演出しているのがわかる。