パチパチとたき火が燃える音、フライパンでチャーハンを炒める音、ドーンと打ち上がる花火の音…。文化放送が昨年12月から続けている「音」に特化した特別番組が注目を浴びている。こうした音を楽しむ番組は、心地よさを高める「ASMR(自律感覚絶頂反応)動画」として、動画共有サイトでも人気だ。専門家によると、新型コロナウイルスの流行で身体的接触が控えられるストレスを、こんな「音」が埋める可能性もあるという。(文化部 道丸摩耶)
3Dオーディオ技術で臨場感
「すごいシュールだけどけっこうイイ」「粋なことを」-。
深夜にもかかわらず、インターネットの短文投稿サイト「ツイッター」に好意的な感想が多く投稿されたのは、文化放送が6月8日午前1時半から放送した「文化放送花火大会~打ち上げ花火、下から聴くか? 横から聴くか? いやいや! 上からの音、中の音だって聴けちゃうスペシャル~」だ。ツイッターで話題になっていることを示す「トレンド」の4位に入るなど、ラジオの深夜帯にもかかわらず大きな注目を浴びた。
番組では冒頭でアナウンサーが内容を簡単に説明。その後は、祭りばやしや現地の警備のアナウンス、盛り上がる人の声や会場に流れるヒット曲などの音を取りまぜ、2時間の番組を構成。スポンサーが入りにくい深夜枠のため、コマーシャルはなかった。
文化放送はこの番組を「ASMR特番」と位置づけている。ASMRは、主に聴覚へ刺激を受けることで、脳が気持ちよくなる感覚・反応、などとされている。
文化放送がASMRに目を付けたのは、ノルウェーのテレビ局が2013年、薪が燃えている映像を流し続けて高視聴率を獲得したことがきっかけだという。音で同じことをやってみようと、昨年12月と今年2月、たき火の音だけの90分の特番を流した。文化放送の音のプロである音声技術スタッフが、すぐ傍らでたき火が行われているような臨場感を3Dオーディオ技術で再現したという。番組は予想を超えて好評を博した。
4月には、チャーハンを炒める音を流し続ける「チャーハン特番」を放送。第4弾で企画されたのが音だけの花火大会だ。加藤慶プロデューサーは「ASMRは音にこだわるラジオ局がやるべきものだと考えている」と話す。9月には第5弾が企画されている。
全国の局と競争に
往年のラジオファンには常識かもしれないが、特に深夜帯のAM放送は受信地域によっては雑音も多く、音質には難があった。
たき火などの繊細な音が放送できた背景には、AMと同じ内容を放送しているワイドFM(FM補完放送)や、ラジオのネット配信サービス「radiko(ラジコ)」を利用すれば、雑音もなく高音質で聞けるようになったこともある。
新型コロナウイルス感染拡大による「ステイホーム」のためか、ラジコの4月の聴取者数は2月に比べ20%以上増加するなど存在感を増している。「ラジコでは全国のラジオが聞けるようになり、以前にも増してコンテンツ力が試されるようになった。ラジオ局には新しいことをやらなければという危機感がある」(広報担当)。
身体的接触の代替に
こうした「音」を楽しむASMRの動画は数年前から、ユーチューブを始めとする動画共有サイトで世界的に人気となっている。「耳かきの音」「食べ物の咀嚼(そしゃく)音」「ささやき声」などが人気で、日本でも今年2月、ASMR動画に特化した配信サービス「ZOWA」が始まった。音をさえぎる広告は入れず、ファンから応援資金を募るなどして収入を得ていく予定だという。
聴覚認知科学が専門のNTTフェロー、柏野(かしの)牧夫氏によると、聴覚は自分の周りで何が起きているかをモニターして、いち早くアラート(警報)を鳴らすシステムであり、音楽を聴いて涙が出るように、体や心の状態を変える力が強いという。「ASMRで好まれるささやき声や耳かき音は、体に近い部分で鳴る音。触覚的な印象を喚起するため、快・不快に結びつきやすい」という。
新型コロナの感染拡大により、テレビ会議システムなどで社会的につながることはできても、身体的に近づくことが難しくなった。これは生物としてストレスを感じる状態であるという。柏野氏は「身体的接触の代替として、ASMRに癒やしの効果を求める人が増えてくるのではないか」と指摘する。ストレスフルな社会で、今後もASMR番組の人気は高まりそうだ。