目の前で「死んでいった」、見よう見まねで心肺蘇生も ソウル転倒事故の生存者の話
ダンスミュージックが夜通し鳴り響く路地で、友人や見知らぬ人たちが窒息死していく様子を見ていた――。韓国・ソウルの繁華街でハロウィーンを前に集まった多数の人が倒れ、少なくとも153人が死亡した事故の生存者たちは、恐怖の瞬間をBBCに語った。
「後ろから人に押され始めました。まるで波のようで、どうすることもできませんでした」と、現場にいたヌヒル・アハメドさん(32)は事故翌日の30日、BBCの取材に応じた。
「昨夜は眠れませんでした。目の前で人が死んでいく様子が、今も目に浮かびます」
アハメドさんはソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)で29日夜、押し寄せる人の波に巻き込まれた。誰も、誰かを助けられるような状況ではなかったという。自分自身も、ほかの人も。
ソーシャルメディアでは、当時の様子を捉えた痛ましい動画が拡散されている。アハメドさんも、自分の衝撃的な体験をインスタグラムで共有した。
動画では、10代と20代を中心とした大勢が、狭く傾斜した路地に押し寄せ、身動きが取れない状況になっているのが確認できる。その後、集まった人々はあらゆる方向に押され始めた。地面に引きずり倒されたり、折り重なって倒された。息ができない人もいた。
■これまでにない人出も、「雑踏警備なかった」
IT業界で働くアハメドさんはインド出身で、現在はソウルで暮らしている。この5年間、梨泰院で開かれるハロウィーン・パーティーに参加してきたという。
今年はこれまで見たことがないような人出だったが「雑踏警備はなかった」し、昨年の方が警官の数が多かったと、アハメドさんは話した。
昨年は活気はあったものの、警官が人通りの多い場所への立ち入りを禁止し、統制がとれていたのだという。今年はまったく様子が違った。
「異常でした」とアハメドさんは言う。「午後5時頃から街中にあまりに多くの人が集まっていたので、7時や8時ごろにはどうなるんだろうと考えていました」。
同じ頃、インターネット上では同地域の通りが「すごく混雑しているので、危ない感じがする」といったメッセージがソーシャルメディアに投稿されていた。
■「ただ見ているだけだった」
アハメドさんは友人たちと一緒に梨泰院に出かけたが、事故が起きた路地になぜ入ろうと思ったのか、思い出せないという。この路地は仮装してパーティーに出かける人たちに、人気のたまり場だ。
「いつも仲間とこの路地に行きます」
「なぜかわからないけど、いつも良さそうなバーがあるし、仮装した人たちが集まっています」
しかし、午後10時20分ごろには、ひどい状況になっていた。坂になっている部分で多数の人が転倒し、狭い路地の両方の入り口から群衆が押し寄せるなどしたため、誰も路地の外に出られなくなった。
異変を感じたアハメドさんは、気が付くと人混みに巻き込まれていた。
「立ち止まっていても、誰かが前や後ろから押してくる。そういうことが何回かありました。何かがおかしいと気が付きました。何かが起こりそうで、怖かったです」
アハメドさんは転倒したものの、路地の脇にある階段までなんとかたどり着いた。「天使の羽をつけた女性が手招きしてくれて、なんとか高い段の上まで登ることができました」。
「みんな息ができなくて……叫んだり……押しつぶされたり……倒れたり。あまりに人が多すぎた」
「自分は段の上にいて、何もかも、ただ見ているしかできなかった。みんなどうしたらいいのか分からないし、僕たちにできることは何もなかった」
目の前の人たちはもしかすると、最後の息を引き取っていたのかもしれない。その様子を目の当たりにしながら、アハメドさんは無力感に襲われていたという。はぐれた友人が心配で電話をかけたが、つながらなかった。友人たちも人混みから脱出できて無事だと知ったのは、何時間も後のことだった。
人だかりがなくなり救急車が到着するまで、何が起こったのかを完全には理解できなかったという。「(救急隊が)遺体を引き出し始めました」、「1人の男性は、友人が死んでいると知りながら、30分も心肺蘇生(CPR)を続けていました」と、アハメドさんは話した。
その男性の別の友人が止めようとしたが、それでも男性は心肺蘇生を続けたという。そしてその隣では、何事もなかったかのように化粧をしている人たちもいたのだと。
■見よう見まねで心肺蘇生
これまで一度もやったことがない心肺蘇生法(CPR)を見よう見まねで行ったパーティーの参加者たちもいる。
スペイン出身のアナさん(24)とドイツ出身のメリッサさん(19)は23時ごろ、事故現場の隣にあるバーを出ようとしていた。2人は救急車が到着するのを目にした。死傷者を運び出すスペースを作るため、場所をあけてくれと警察が、集まった人たちに移動を促していた。
「(被害者が)あまりに多くて、一般人も心肺蘇生を手伝う必要があった。だからみんな我先に、手伝い始めた。CPRの知識がある私たちの友人2人が助けに入りました」と、アナさんは語った。
「3分か、もしかしてもっとしてから、友人2人はショックを受けた様子で、泣きながら戻ってきました。5、6人を救おうとしたけれど、全員が友人の手の中で死んでしまったので」
「続いて、私が女の子2人を助けようとしました。CPRのやり方は分からないけど、現場の人たちの指示に従ってやりました」
「頭の押さえ方とか、口の開け方とかを教えてもらいました。助けようとしたけど2人とも死んでしまった。心肺蘇生のために運ばれてきた人たちのほとんどはすでに息をしていなかったので、何もできなかったのです」
「私たちは何もできなかった。そのことが一番のトラウマになりました」
(英語記事 ’I was trapped on ledge, watching people die’/How the Seoul Halloween tragedy unfolded/Eyewitness: ‘I was trying to do CPR, but they were both dead’)
(c) BBC News