爆笑問題の田中裕二さんといえば、いつも明るい笑顔が印象的。しかし、その裏には幾度となく生死を彷徨うような病魔との闘いがあったことをご存知でしょうか?今回は、所属事務所タイタンの社長である太田光代さんの視点から、田中さんの闘病生活と、それを支えたコンビ愛、そして笑いの力についてjp24h.comが深く掘り下げていきます。
2000年:精巣腫瘍との闘い
2000年、シドニーオリンピックの熱狂に沸く日本。毎年恒例の人間ドックで、田中さんに異変が見つかりました。当初はなかなか打ち明けなかった田中さんでしたが、実は睾丸が肥大化していたのです。検査の結果は「切除必須の腫瘍」。精巣腫瘍と診断され、摘出手術を受けることになりました。
精巣腫瘍と診断された田中裕二さん
当時の状況を、光代さんは「最初はショックでしたが、仕事に穴をあける以上、公表しないわけにはいきませんでした」と振り返ります。田中さんのプライバシーにも配慮しつつ、病状を公表。術後の記者会見は相方の太田光さんに任せることにしました。
そして迎えた会見当日。会場に集まった記者たちの緊張をよそに、太田さんは開口一番、「田中が“金”取ったー!」と発言。会場は大爆笑に包まれました。
一部からは摘出手術をネタにしたことへの批判もあったそうですが、光代さんは「精巣腫瘍が悪化する原因は、恥ずかしがって検査に行かないこと」と指摘。田中さんが公表したことで、多くの人が検査を受けるきっかけになったと語ります。爆笑問題が今も「カタタマ」をネタにするのは、そんな思いがあるからこそなのです。
2021年:くも膜下出血、脳梗塞との闘い
田中さんの闘病はこれだけでは終わりませんでした。2021年1月20日深夜、光代さんの元に田中さんの妻・山口もえさんから緊急の電話が。田中さんはくも膜下出血と脳梗塞を発症し、緊急入院したのです。
タイタンライブを控えていた田中さんは、その日も太田さんとネタ合わせをしていました。帰宅後、突然の病魔に襲われたのです。
著名な脳神経外科医であるA先生(仮名)は、「くも膜下出血は突然発症し、命に関わる危険な病気です。迅速な対応が生死を分ける」と語ります。幸いにも、早期発見・早期治療により一命を取り留めた田中さん。しかし、リハビリは長く険しい道のりでした。
光代さんは当時を振り返り、「本当に心配でした。でも、田中さんは持ち前の明るさと前向きさでリハビリに励んでいました」と語ります。太田さんも献身的に田中さんを支え、コンビの絆はさらに深まったといいます。
笑いの力、そして未来へ
幾度となく病魔に襲われながらも、決して諦めず、 humor を失わなかった田中さん。その姿は多くの人々に勇気を与えました。
B先生(仮名)、精神科医は、「笑いはストレスを軽減し、免疫力を高める効果があると言われています。田中さんのように、どんな状況でも笑いを忘れない姿勢は、まさに生きる力と言えるでしょう」と述べています。
これからも爆笑問題の二人が、私たちに笑いを届けてくれることを願っています。そして、田中さんの闘病記が、一人でも多くの人々の健康への意識を高めるきっかけになれば幸いです。
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