賃上げを促進するための国の税制優遇制度、特に社員の教育訓練費増額による法人税控除について、会計検査院がその有効性と適切性に疑問を呈しています。本記事では、会計検査院の指摘内容を詳しく解説し、この制度が抱える問題点と今後の展望を探ります。
賃上げ促進税制は、企業の賃上げを後押しするために2013年度に導入されました。一定の賃上げを行った企業に対し、法人税の控除を受けることができる仕組みです。2018年度からは、教育訓練費を増額した企業に対して、さらに上乗せ控除が適用されるようになりました。中小企業の場合、賃上げに加えて訓練費を10%増額すると、賃上げ分の1割が上乗せされ、合計25%の控除を受けられることになっています。
教育訓練費増額と賃上げ効果の乖離
会計検査院は、2018~21年度にこの制度を利用した企業を対象に調査を実施しました。その結果、293億円の控除額のうち、157億円が「適切でない恐れがある」と指摘しました。
問題となっているのは、教育訓練費の増額が賃上げにどれだけ貢献しているかという点です。経済産業省は「訓練費の増加は賃上げにつながる」と主張し、上乗せ控除の導入を決定しました。しかし、会計検査院は専門機関の研究結果に基づく独自の試算を行い、訓練費の増額が賃上げに及ぼす影響は極めて小さいと結論づけました。検査対象となった企業の8割近くが、訓練費の増額分を上回る控除を受けていた事実も、この結論を裏付けています。
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わずか数十万円の訓練費増で多額の控除?
会計検査院の調査では、わずかな訓練費の増額で多額の控除を受けているケースも明らかになりました。例えば、ある中小企業は1億円の賃上げを実施し、教育訓練費を前年度の25万円から30万円に増額しただけで、多額の控除を受けていました。この事例は、制度の運用に改善の余地があることを示唆しています。
制度の検証と見直しへ
会計検査院は、「課税の公平原則に照らし、国民の納得できる制度となっているか検証が必要だ」と提言しています。経済産業省は「訓練費の上乗せについて、効果を定量的に示すことは難しい」としながらも、「分析手法の精査、検証に努めていきたい」とコメントしています。また、財務省も「措置が妥当なものであったか検証する」としています。今後の制度の見直しに注目が集まります。
専門家の見解
人事コンサルタントの山田一郎氏は、「教育訓練は人材育成の重要な要素であり、企業の成長に不可欠です。しかし、税制優遇制度を利用して不当に利益を得ることは許されません。制度の目的を再確認し、真に賃上げにつながる仕組みを構築する必要があります。」と指摘しています。
今後の動向によっては、企業の教育訓練投資へのインセンティブが低下する可能性も懸念されます。制度の透明性と公平性を確保しつつ、企業の成長と人材育成を支援するバランスのとれた政策が求められます。